1945年8月15日、解放を迎えた在日同胞が真っ先に始めた事業が民族教育でした。国を奪われ民族自体を抹殺されようとした1世たちには、何がもっとも重要なのかが身に染みてわかっていたのだろう。
日本各地にあるウリハッキョ(朝鮮学校)。日本行政の支援は乏しく、地域同胞と心ある日本市民たちの手によって支えられている。運営は苦しいけれど、大切な笑顔があふれる場所。
「ウリハッキョを支える、私なりの方法」紹介します!
ウリマルを奪われた1世、1世のウリマルを聞き育った2世、ウリマルを学校で学んだ、そして学べなかった3世…。
本来、同胞の生活のなかにあるべきウリマルが、歳月の経過とともに、影を薄くしつつある。
しかし、まだまだウリマルは手をのばせば届くところに存在する。
手をのばすこと、そして、「朝鮮語」を「ウリマル」だと感じることが大切だ
イマージョン教育とは、母語以外の言語を媒介とした教育を指し、1960年代にカナダで始まったとされています。しかし実は、日本にある朝鮮学校、60年以上も前から朝鮮語によるイマージョン教育を施してきました。
朝鮮学校における幼稚園から大学までの一貫した朝鮮語教育を紹介します。
子どもに読んであげたい本、子どもの頃に親しみ今でも読みたいと思う本…。
1920年代に花開いたその歴史から、最近注目を浴びる在日同胞による児童文学まで、コリアのオリニ(子ども)の本を紹介します。
夏休みにはアッパも積極的に子どもとコミュニケーションをとってあげたい。手際のよい手の動き、大胆でユーモラスな発想に子どもたちは感嘆することだろう。アッパと作った想い出は子どもたちの心にいつまでも残り輝くことだろう。
1945年8月15日、解放を迎えた在日同胞が真っ先に始めた事業が民族教育だった。国を奪われ民族自体を抹殺されようとした1世たちには、何がもっとも重要なのかが身に染みてわかっていた。いまもなお日本に朝鮮学校がある意味は60年前から変わっていない。その答えを民族教育の歴史を振り返りながらともに考えていきたい。