カテゴリー: 教育

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始まりのウリハッキョ編vol.16  みなを驚かせた新キャンパス~朝鮮大学校の創立と学舎移転

今年4月、創立60周年を迎えた朝鮮大学校(東京都小平市)。在日朝鮮人による民族教育の最高学府はいかにして生まれ、発展の礎を築いたのか。1956年4月10日の創立から59年6月13日に小平へ移転するまでの歩みを振り返る。   仮校舎...

始まりのウリハッキョ編vol.15  伝統の原点に日本人指導者~広島朝鮮初中高級学校吹奏楽部

近年目まぐるしい活躍を見せる広島朝鮮初中高級学校(広島市東区)の吹奏楽部。同校で最も歴史の古いクラブだ。楽譜も誰一人読めない中で幕を開けた創部初期から、吹奏楽部としての地位を確立した80年初期までの、知られざるクラブ活動の歴史を探る。

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始まりのウリハッキョ編vol.14 師弟の共同作業から生まれたデザイン~「サンペン」マーク誕生秘話

朝鮮学校を象徴するもののひとつに、「サンペン」の通称で知られるマークがある。かつて中・高級部の帽章(帽子につく徽章)などとして使われ、校章にもなっている。朝鮮学校に通った人や学校と関わりを持っていた人であれば、知らない人はいないほど有名なものだ。では、「サンペン」はいつ、どのようにして生まれたのだろうか―。本誌2014年8月号特集で、デザインの考案に携わった当事者の証言に基づいた記事を掲載したが、紙幅の関係で盛り込めなかった内容も含めて、今回あらためてその誕生秘話をひもといてみたい。

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40年目の「花園」 東京朝高ラグビー部を支える人々

第95回全国高等学校ラグビーフットボール大会に初出場を果たした東京朝鮮中高級学校ラグビー部。創部から40年、全国大会への門戸が開かれてから21年、悲願成就の影にはOBや保護者らさまざまな人々の後押しがあった。「花園」初出場までの道のりを、チームを支える人々の姿からたどった。

つき動かすのは危機感、勝つ日を信じて

無償化排除6年目の冬、文科省前の金曜行動、大阪府庁前の火曜行動を歩く   文科省職員への言葉 東京・虎ノ門の文部科学省前で行われる「金曜行動」は、2013年5月からほぼ毎週続けられてきた。時間は16時からの1時間。「無償化差別を放...

始まりのウリハッキョ編vol.13  今も変わらない、 民族教育への思い~群馬同胞社会と民族教育

2015年に創立55周年を迎えた群馬朝鮮初中級学校。これまで1093人が卒業し、3世代の同胞が通う伝統ある学校だ。そんな群馬初中と、群馬での民族教育にまつわるさまざまな物語を集めてみた。話を聞かせてくれたのは同校の安重根校長(69)、群馬初中・初級部2期卒業生の廉数昭さん(66)と朴徳栄さん(66)の3人。

始まりのウリハッキョ編vol.11  市立分校から自主校へ~尼崎朝鮮初中級学校

尼崎市内の朝鮮学校は1949年の「学校閉鎖令」以降、日本の市立学校の分校として民族教育が守られた。その後、中級学校の設立を経て、自主学校となり、各種学校の認可を取得。尼崎朝鮮初中級学校は来年4月に創立70周年を迎える。

始まりのウリハッキョ編vol.10  始まりは浜松、そして静岡へ~静岡朝鮮初中級学校

昨年、創立50周年を迎えた静岡朝鮮初中級学校(静岡市)。現在、県内唯一の朝鮮学校である同校が1964年に産声を上げるまでの歴史は、県下の民族教育のルーツである浜松朝鮮初中級学校を抜きには語れない。   かつては高級部も 1945年...

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始まりのウリハッキョ編vol.09 同胞たちの悲願、朝鮮学校再開へ~埼玉朝鮮初中級学校

解放後、埼玉県下の各地にも国語講習所が設立された。しかし「学校閉鎖令」後は、長く日本の公立小学校での民族学級や課外授業といった形態で民族教育が続けられることになる。県内に正式な朝鮮学校が創立されたのは61年のことだ。67年、現在の場所に新校舎を竣工するまでを振り返ってみよう。

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