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ウリハッキョ

1945年8月15日、解放を迎えた在日同胞が真っ先に始めた事業が民族教育でした。国を奪われ民族自体を抹殺されようとした1世たちには、何がもっとも重要なのかが身に染みてわかっていたのだろう。

ウリハッキョに関する 256 個の記事をリストしました。

つき動かすのは危機感、勝つ日を信じて

無償化排除6年目の冬、文科省前の金曜行動、大阪府庁前の火曜行動を歩く   文科省職員への言葉 東京・虎ノ門の文部科学省前で行われる「金曜行動」は、2013年5月からほぼ毎週続けられてきた。時間は16時からの1時間。「無償化差別を放置し、朝鮮学校を無視し、差別する文科省に声をぶつけよう」と朝大のあるゼミの学生が出したアイデアから始まった。2年半続いてきたことで、朝鮮高校生、保護者、日本市民たちが合流し、時には地方や韓国から人も訪れる出会いと連帯の場になっている。 12月4日の金曜行動。冬は日が落ちるのも早い。終盤は朝大生や朝高生たちが文科省の職員たちに向けて叫び続ける言葉が寒さとともに鋭く、時に痛々しく響く。この日もある男子学生の言葉に胸を突かれた。 母子家庭に育った3人きょうだいの末っ子。「母からは、高校にあがるとき、高校無償化から除外されたから朝鮮学校には行かないでと言われた。母子家庭で貧しいのも知っていたので、母の気持ちは痛いほどわかっていた。でも母は朝鮮学校に通わせてくれた。…働きすぎて足を痛めた母は今なお働いている。高校無償化が適用されていれば、母はもっと苦しまずに済んだ…」。高校卒業後の進路も親の経済的負担の間で揺れた。高校で出会った教員のようになりたいと、朝大教育学部に進学を決めたのはきょうだいの支援もあったからだ。  

始まりのウリハッキョ編vol.13  今も変わらない、 民族教育への思い~群馬同胞社会と民族教育

2015年に創立55周年を迎えた群馬朝鮮初中級学校。これまで1093人が卒業し、3世代の同胞が通う伝統ある学校だ。そんな群馬初中と、群馬での民族教育にまつわるさまざまな物語を集めてみた。話を聞かせてくれたのは同校の安重根校長(69)、群馬初中・初級部2期卒業生の廉数昭さん(66)と朴徳栄さん(66)の3人。

始まりのウリハッキョ編vol.12  抵抗で繋がれた民族教育~山口朝鮮初中級学校

山口朝鮮初中級学校は来年、学校創立60周年、民族教育実施70周年を迎える。閉鎖命令に対する抗議デモ、学校閉鎖期に続けられた民族教育からは、山口同胞たちの抵抗の歴史が見えてくる。

始まりのウリハッキョ編vol.11  市立分校から自主校へ~尼崎朝鮮初中級学校

尼崎市内の朝鮮学校は1949年の「学校閉鎖令」以降、日本の市立学校の分校として民族教育が守られた。その後、中級学校の設立を経て、自主学校となり、各種学校の認可を取得。尼崎朝鮮初中級学校は来年4月に創立70周年を迎える。

始まりのウリハッキョ編vol.10  始まりは浜松、そして静岡へ~静岡朝鮮初中級学校

昨年、創立50周年を迎えた静岡朝鮮初中級学校(静岡市)。現在、県内唯一の朝鮮学校である同校が1964年に産声を上げるまでの歴史は、県下の民族教育のルーツである浜松朝鮮初中級学校を抜きには語れない。   かつては高級部も 1945年8月15日、朝鮮半島は日本の植民地支配から解放された。『いやされぬ過去 朝鮮人強制連行の傷跡●静岡県編』に収録された「静岡県における在日朝鮮人人口調査表」(45年11月1日付)によると、祖国解放直後、静岡県内には15690人の朝鮮人が住んでいた。 ほかの地域と同様、静岡でも解放直後から県内各地に国語講習所が次々と開かれた。同年11月、浜松市で夜学形式の学校が生徒30人で始まる。翌46年2月には浜松朝鮮初中級学校の前身となる「浜松朝連学院」が開校。同校創立45周年記念誌によると、木造バラックの校舎(敷地40坪)に、生徒60人、教員3人でのスタートだった。

始まりのウリハッキョ編vol.09 同胞たちの悲願、朝鮮学校再開へ~埼玉朝鮮初中級学校

解放後、埼玉県下の各地にも国語講習所が設立された。しかし「学校閉鎖令」後は、長く日本の公立小学校での民族学級や課外授業といった形態で民族教育が続けられることになる。県内に正式な朝鮮学校が創立されたのは61年のことだ。67年、現在の場所に新校舎を竣工するまでを振り返ってみよう。

冊子『だれもがいきいきと生きられる社会のために』が完成!

在日本朝鮮人人権協会 性差別撤廃部会 編『だれもがいきいきと生きられる社会のために』が完成した。冊子には、同部会が2014年度に企画した連続講座の記録と、同胞150人を対象に行われた「在日同胞のジェンダー意識に関するアンケート」の結果報告書が収録されている。

始まりのウリハッキョ編vol.08  貧しさにも負けず、台風にも負けず~大阪朝鮮第4初級学校

日本有数の朝鮮人集住地域である生野区のコリアタウンの南側に位置する大阪朝鮮第4初級学校。来年に創立70周年を迎える同校の沿革には、学校を守り、受け継いでいこうとする人々の思いが表れた逸話がいくつも残されている。   御幸森朝鮮小学校 2006年に発行された学校創立60周年記念誌によると、朝鮮が日本の植民地支配から解放された翌年の46年6月11日、現在の大阪朝鮮第4初級学校の前身である朝連(在日本朝鮮人連盟)生野第10ウリ学校が産声を上げた。場所は、学校の初代教育会会長で、後に初代校舎建設委員会の委員長も務めた玄奉朝さんの工場。児童数120余人、教員数8人でのスタートだった。学校の創立記念日はこの日に定められている。 朝連によって民族教育の体系が整備されるにしたがって、児童・生徒の数は次第に増加。これを機に、校舎建設が始まる。翌47年6月11日、創立1周年を記念して、学校の現在地に木造校舎が落成した(敷地は646坪、児童・生徒数150余人、教員数9人)。そして、新校舎建設を機に校名を「御幸森朝鮮小学校」に改称した。  

特別企画 ふたごのふしぎ

一口に双子といっても、一卵性、二卵性と外見のそっくりさのほか、二人の関係性や性格など個性はさまざま。日本各地の双子、そして三つ子たちに、気になる「双子(三つ子)エピソード」を聞いてみました。6組の同胞たちが、誌面を賑やかに飾ってくれます。双子にまつわる解説も載せています。

始まりのウリハッキョ編vol.07  校舎増築、養豚…独自の取り組みで学校存続に尽力~川崎朝鮮初級学校

 川崎においての民族教育の始まりは1945年10月1日、桜本をはじめとし群電前、中留、入江崎、小田、浅田、渡田など各地で開設された国語講習所だ。翌年3月1日には権邦得氏を校長とする川崎朝連第一学院が中留に、入江崎に川崎朝連第二学院が設立された。

東京朝鮮第6幼初級学校、新校舎が竣工

今年創立70周年を迎える東京朝鮮第6幼初級学校(東京都大田区)の新校舎竣工式が4月29日、晴天下のもと同校で行われ、保護者や卒業生、地域の同胞たち約600人が集まり、祝杯をあげた。2013年の京都初級、14年の東京第1初中に続く、新校舎の建設。厳しい経済状況の中で莫大な資金を集めた地域同胞の底力に各地から声援が寄せられた。

特別企画 7月8日まで外登の切り替えを!

新在留管理制度がスタートして3年。制度が変わり、特別永住者の方は外国人登録証明書から特別永住者証明書に、永住者などは在留カードに切り替える必要があり、7月8日までに期限が迫る方もいます。特別企画では、わかりやすいQ&Aに加え、「おさらい特別永住」として、現在の特別永住者制度がはらむ問題点も明示しています。

高校無償化本2

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