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ウリハッキョ

1945年8月15日、解放を迎えた在日同胞が真っ先に始めた事業が民族教育でした。国を奪われ民族自体を抹殺されようとした1世たちには、何がもっとも重要なのかが身に染みてわかっていたのだろう。

ウリハッキョに関する 261 個の記事をリストしました。

始まりのウリハッキョ編vol.08  貧しさにも負けず、台風にも負けず~大阪朝鮮第4初級学校

日本有数の朝鮮人集住地域である生野区のコリアタウンの南側に位置する大阪朝鮮第4初級学校。来年に創立70周年を迎える同校の沿革には、学校を守り、受け継いでいこうとする人々の思いが表れた逸話がいくつも残されている。   御幸森朝鮮小学校 2006年に発行された学校創立60周年記念誌によると、朝鮮が日本の植民地支配から解放された翌年の46年6月11日、現在の大阪朝鮮第4初級学校の前身である朝連(在日本朝鮮人連盟)生野第10ウリ学校が産声を上げた。場所は、学校の初代教育会会長で、後に初代校舎建設委員会の委員長も務めた玄奉朝さんの工場。児童数120余人、教員数8人でのスタートだった。学校の創立記念日はこの日に定められている。 朝連によって民族教育の体系が整備されるにしたがって、児童・生徒の数は次第に増加。これを機に、校舎建設が始まる。翌47年6月11日、創立1周年を記念して、学校の現在地に木造校舎が落成した(敷地は646坪、児童・生徒数150余人、教員数9人)。そして、新校舎建設を機に校名を「御幸森朝鮮小学校」に改称した。  

特別企画 ふたごのふしぎ

一口に双子といっても、一卵性、二卵性と外見のそっくりさのほか、二人の関係性や性格など個性はさまざま。日本各地の双子、そして三つ子たちに、気になる「双子(三つ子)エピソード」を聞いてみました。6組の同胞たちが、誌面を賑やかに飾ってくれます。双子にまつわる解説も載せています。

始まりのウリハッキョ編vol.07  校舎増築、養豚…独自の取り組みで学校存続に尽力~川崎朝鮮初級学校

 川崎においての民族教育の始まりは1945年10月1日、桜本をはじめとし群電前、中留、入江崎、小田、浅田、渡田など各地で開設された国語講習所だ。翌年3月1日には権邦得氏を校長とする川崎朝連第一学院が中留に、入江崎に川崎朝連第二学院が設立された。

東京朝鮮第6幼初級学校、新校舎が竣工

今年創立70周年を迎える東京朝鮮第6幼初級学校(東京都大田区)の新校舎竣工式が4月29日、晴天下のもと同校で行われ、保護者や卒業生、地域の同胞たち約600人が集まり、祝杯をあげた。2013年の京都初級、14年の東京第1初中に続く、新校舎の建設。厳しい経済状況の中で莫大な資金を集めた地域同胞の底力に各地から声援が寄せられた。

特別企画 7月8日まで外登の切り替えを!

新在留管理制度がスタートして3年。制度が変わり、特別永住者の方は外国人登録証明書から特別永住者証明書に、永住者などは在留カードに切り替える必要があり、7月8日までに期限が迫る方もいます。特別企画では、わかりやすいQ&Aに加え、「おさらい特別永住」として、現在の特別永住者制度がはらむ問題点も明示しています。

始まりのウリハッキョ編vol.06  区役所の一角で上がった産声~東京朝鮮第9初級学校

東京・阿佐ヶ谷の閑静な住宅街の中にたたずむ東京朝鮮第9初級学校。来年、創立70周年を迎える同校のルーツは1946年3月に開校した杉並初等学院にさかのぼる。 1世が語る草創期 45年8月の日本敗戦と祖国解放後、現在の東京第9初級の学区である杉並区や中野区内にも在日朝鮮人の手によって同胞子女たちのための国語講習所がいくつか設立された。 その後、杉並ではこれらの講習所を一つにまとめ、46年3月5日、当時の杉並区役所分室(阿佐ヶ谷南)に朝連(在日本朝鮮人連盟)杉並初等学院が設立される。現在の東京第9初級とは阿佐ヶ谷駅を挟んだ逆側に位置していた。3月5日は同校の創立記念日に定められている。2006年に発行された学校創立60周年記念誌によると、設立当時の児童数は36人、教員3人、教室は2つだった。

始まりのウリハッキョ編vol.05 新校舎建設に注いだ情熱~千葉朝鮮初中級学校

来年、創立70周年を迎える千葉朝鮮初中級学校。閉鎖の憂き目にあい、「朝鮮学校、ぼろ学校」と蔑まれながらも63年に新校舎を建設し新たな門出を迎えるまでには、商工人や活動家、同胞たちの献身と情熱があった。

カフェで会いましょう

忙しい日々の合間にほっと一息。カフェは素敵な空間です。
日本各地と平壌の個性溢れるカフェを紹介。終わりには短編小説も掲載しました。
今月はイオを手に、お気に入りのカフェへ足を運んでみましょう。

20年間の歩み知ってほしい―ムジゲ会発足20周年 記念誌が発刊

ムジゲ会発足20周年記念誌「子ども・家族―つながりあう優しいトンポトンネを目指して」―20年の歩み―が完成した。冊子には、会の歩みを振り返る年表や記事のほかに、ムジゲ会の会員家族とボランティアによる手記17編、応援メッセージなどが収められている。

朝鮮学校で学ぶ権利を!! 屈辱の2・20から2年、日本各地で一斉行動

日本政府が「高校無償化」制度の省令を改悪し、朝鮮学校を完全に除外した2013年2月20日から2年を迎え、この日を前後して日本各地12ヵ所で一斉に抗議行動が行われた。「無償化」排除から5年、募りつのった日本政府への激しい怒りの声が各地で渦巻いた。

始まりのウリハッキョ編vol.04  試練の時代を乗り越えて~西今里中学校から中大阪朝鮮初級学校へ

大阪市東成区にある中大阪朝鮮初級学校は1948年に設立された朝連(在日本朝鮮人連盟)東成学園をそのルーツとする。翌年の学校閉鎖令によって瀕死の状態に追い込まれた民族教育だったが、その命脈は同じ場所に開校した大阪市立西今里中学校の中で保たれる。同胞たちは親しみを込めて、同校を朝鮮語読みで「ソグムリチュンハッキョ」と呼んだ。 閉鎖、そして公立学校へ 祖国解放後、東成地域には4つの朝鮮小学校が生まれた。統合への動きが高まると、48年1月20日、大阪市側との交渉を経て市有地である阪東国民学校の敷地に新校舎が建設され、朝連東成学園小学校・中学校が発足。ここは現在の中大阪朝鮮初級学校の所在地で、同校はこの日を創立記念日に定めている。 48年の4・24教育闘争を経て、翌49年3月1日付で大阪府は財団法人大阪朝連学園の設置による府下朝鮮学校24校を私立学校として認可。当時、東成学園には小・中合わせて850人を超す児童・生徒が在学していたが、9月8日の朝鮮学校閉鎖令によって学校の門は閉ざされる。  

始まりのウリハッキョ編vol.03  強い愛校心で守った ウリハッキョ~四日市朝鮮初中級学校

1962年、各地の朝鮮学校で初の「模範教員集団」と「模範教育会」称号を授与し、以降も全国的に名を馳せた四日市初中級学校。その始まりは小さな家畜小屋、「閉鎖令」後には県下唯一となったハッキョを死守しようと奮闘する同胞たちの姿があった。60年代に「全盛期」を迎えた同校の、草創期をひも解いてみる。

高校無償化本2

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