カテゴリー: 教育

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生活の“中”にあったウリハッキョ/始まりのウリハッキョ編vol.46 「金平団地」と朝鮮学校

1960年代、福岡には行政による区画整理のため、生活していた場所から立ち退きを強要された在日朝鮮人たちがいた。代わりの住まいとして、たくさんの長屋で形成された「金平団地」(福岡市東区、現正式名称は浜松住宅)には多くの同胞が集まって暮らした。団地の敷地内には公園や銭湯のほか、市内から移された福岡朝鮮初級学校も存在した。

朝鮮学校の元気と笑顔

【特別企画】元気と笑顔、お届けします

本誌では2017年1月号から、日本各地の朝鮮学校を紹介する「おいでよ! ウリハッキョ」を掲載してきました。取材中、子どもたちと一緒に過ごしながら、2ページの誌面では紹介しきれないはじける笑顔に出会います。今月は番外編! 子どもたちの表情を紹介します。

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“+α”いっぱいの幼稚園!/おいでよウリハッキョ vol.25 小倉朝鮮幼稚園

幼児教育は“根っこを育てる”といわれ、朝鮮幼稚園は民族教育の入り口でもある。現在、福岡県には3ヵ所の朝鮮幼稚園(班)がある。そのうちの一つ、小倉朝鮮幼稚園(北九州市小倉北区)を訪ねた。一人ひとりの発育を大事にしながら、生活の中で「ウリ」を教える工夫が満載だ。

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オール埼玉でハッキョを支える/おいでよウリハッキョ vol.24 埼玉朝鮮初中級学校

県下唯一の朝鮮学校である埼玉朝鮮初中級学校。「アットホームで身近なハッキョ」として保護者や地域同胞社会から支えられ、愛されてきた。2010年に県からの補助金支給が停止されたが、17年11月には日本の有志たちが「誰もが共に生きる埼玉県を目指し、埼玉朝鮮学校への補助金支給を求める有志の会」を結成。厳しい状況のなかでも保護者や関係者、日本の市民たちが補助金再開を求めて草の根運動で理解の輪を広げている。

不屈の精神を生んだ 4・24/始まりのウリハッキョ編vol.45 4・24教育闘争(下)

朝鮮学校閉鎖を命じた「1・24通牒」は、朝鮮語による自主的な教育を認めないという日本政府のあからさまな弾圧であり、戦前に続く植民地主義の継続を意味した。通牒に反対する4・24教育闘争には、100万3000人が参加し、「民族教育=子どもたちの未来」を守る精神と連帯を生んだ。同胞たちは学校の再建に立ちあがる。

金太一少年はなぜ殺されたのか/始まりのウリハッキョ編vol.44 4・24教育闘争(上)

1945年の祖国解放後、在日朝鮮人はすさまじい勢いで朝鮮語を教える国語講習所を日本各地に建て、子どもたちへの民族教育を施していった。しかし、米占領軍と日本政府は48年1月に「朝鮮人学校閉鎖令」を出して朝鮮学校への大弾圧を加え、大阪では16歳の少年が警官に銃殺される惨劇が起きた。

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【特集】「食」から見えるウリハッキョ

人間の営みと切っても切り離せない「食」。学校教育の現場でもしかりです。そこで今回は「食」を切り口にウリハッキョ(朝鮮学校)を見てみました。各地の学校で運営されている食堂や保護者・地域同胞・日本人支援者らの手による給食、愛情たっぷりのお弁当、食育の取り組みにいたるまで、「おいしい!」「温かい!」があふれる特集です。

大阪無償化裁判控訴審で敗訴判決が下った9月27日の報告集会に参加した金福童ハルモニ(朝鮮新報)

力と勇気を与えてくれた・金福童ハルモニを想う

14歳で日本軍の性奴隷被害を受けながらも日本政府の公式謝罪と補償を求めて闘ってきた韓国在住の金福童さん(92)が1月28日、闘病の末、ソウル市内で逝去した。ルワンダ、コンゴなどで性暴力を受ける被害者たちを支援するナビ基金を立ち上げ、日本に暮らす朝鮮学校の子どもたちへの支援を率先してきた金福童さんは、朝鮮半島や日本、世界中で人権活動家として尊敬を集めていた。朝鮮学校にも度々足を運び、大阪無償化裁判控訴審で敗訴判決が下った翌日の9月28日に大阪朝鮮高級学校と城北朝鮮初級学校を訪れ、児童生徒と教職員たちを激励した。

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保護者、地域、みんなで支える/おいでよウリハッキョ vol.23 岡山朝鮮初中級学校

岡山県と島根県内の朝鮮学校3校の統廃合を経て、2000年に旧倉敷朝鮮初中級学校の校舎で新たなスタートを切った岡山朝鮮初中級学校。15年に創立70周年を迎えた同校の特徴の一つが保護者や地域同胞社会の力強いサポートだ。昨年7月の西日本豪雨で受けた被害の補修も終わり、学校は2月の学芸会の準備に一丸となっていた。

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【特集】高校生と考える在日コリアンの歴史

自分について、思いをめぐらせ、進むべき道を考えつづけるのが高校時代とするならば、コリアにルーツを持つ高校生たちは、いま何を感じ、何を思うのだろう…。在日コリアンが日本に暮らすことになった「歴史」がかき消されようとしている今、ふんばる高校生たちと、私たち在日コリアンの存在についてともに考える。大人からのエール、高校生たちの声に耳を傾けながら…。

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