暮らし・権利 – ページ 43 – イオWeb

カテゴリー: 暮らし・権利

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混乱の中でも灯火は消えず~vol.5-49年「学校閉鎖令」と民族教育存続の取り組み

4.24教育闘争の翌年の1949年9月8日、連合軍司令部(GHQ)と日本政府は「団体等規正令」を適用して朝鮮学校の運営母体であった朝聯(在日本朝鮮人聯盟)を強制解散させ、10月19日の「学校閉鎖令」によって日本各地の朝鮮学校を閉鎖に追い込ん...

学校デビュー応援プログラム

この春、お子さんがハッキョに入学するオンマ、アッパたち、
입학 축하드립니다!(入学おめでとうございます)。
校門をくぐるわが子のランドセル姿に喜びいっぱいでしょうね!
その喜びと同じくらい、「うちの子、やっていけるのかな?」という心配も多いはず。
遠距離通学、宿題、放課後の過ごし方…。入学シーズンを迎える4月号では、学校生活をサポートするうえで役立ててほしい先輩の声、子どもたちの奮闘ぶりをまとめました。

【特別企画】日本のヘイト・クライムを考える

ヘイト・クライム(憎悪犯罪)とは「人種、民族、宗教などに対する偏見・差別を動機とする犯罪」とされる。在特会(在日特権を許さない市民の会)に代表される日本の一部の団体が、朝鮮学校を襲撃し「嫌韓デモ」を繰り返す。「朝鮮人を殺せ!」と殺意をむき出しにする。それはまさにヘイト・クライムそのものだ。問題なのは、一部の人たちのそのような行動よりも、それを容認しそれを生み出した日本社会のあり方である。「高校無償化」から朝鮮学校だけが排除され続けている現状と根っこを同じくするものだ。
日本のヘイト・クライムを考える。

家族、恋人、友達…

 家族、恋人、友達……。日本で生まれ育ち、ここ日本で見てきた日常風景。
 朝鮮にも日本とまったく変わらない日常がある――。高校の修学旅行で初めて訪れた平壌でそのことを目のあたりにし衝撃を受けた。
 一方、マスコミを介して印象付けられた「謎」で「異質」な朝鮮民主主義人民共和国。自分たちと何一つ変わらない朝鮮の人々の息づかいがマスコミによって歪められる現実を知った。一人でも多くの日本人や在日同胞に感じてもらいたいと深く思った。学生時代から好きだったカメラが最高の武器になると確信し、写真の仕事を選んだ。

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「学校を守れ」、流血のたたかい~vol.4 4.24教育闘争

1948年の4.24教育闘争から今年で65年。兵庫、大阪を中心に、占領米軍と日本政府による朝鮮学校閉鎖に反対し血を流してたたかった同胞たちの経験は、戦後、現在まで脈々と続く民族教育権擁護運動の原点となった。   閉鎖令撤回と「非常...

特集:春だ! 花見だ! トンポトンネ

桜開花のニュースが流れると、同胞社会では花見のお知らせが回ってきます。
1世から子どもまでが集まる花見は、ハッキョに入学した子どもたちや、
晴れて社会人となった若者、新しく越してきた新婚さんを紹介するお祝いの場でもあります。
何より近所の仲間たちと七輪で食べるお肉は最高です。
春本番! 日本各地でトンポたちが繰り広げる楽しい花見を紹介します。

「高校無償化」裁判闘争へ

「高校無償化」制度の対象から朝鮮高級学校を除外しようとする日本政府の違法性を問う裁判が愛知と大阪で始まる。1月24日、愛知では愛知朝鮮中高級学校高級部の生徒たちが慰謝料を求める国家賠償請求訴訟を、大阪では学校法人大阪朝鮮学園が「無償化」適用指定を求める行政訴訟をそれぞれ起こした。東京でも国賠訴訟が近く提起される予定だ。同制度が朝高排除の下で施行され約3年。「無償化」適用を求めるたたかいは舞台を法廷に移し、新たなステージへ入った。

母校の子どもたち、そして友人たち

  在日コリアン20年 私は在日コリアン3世として生まれ20年が経ちます。自分の中で何かもやもやしていたものがあり一区切りしたいと思い、母校である伊丹朝鮮初級学校を題材に写真を撮ろうと決心しました。  2011年から撮影してきたのですが、最...

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「オモニパワー」がリードした運動~vol.3 JR通学定期券割引率差別の是正

朝鮮学校児童・生徒の通学定期券が日本学校より高い―。旧国鉄時代から続いていたJRの通学定期券割引率の格差は1994年、26年ぶりに是正された。差別是正を求める運動は国鉄が分割・民営化されJRが誕生した1987年、千葉県から始まった。担ったの...

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通巻200号記念 イオ、私も編集長

記念すべき200号特集を飾ってくれたのは、南煕英さん。東京朝鮮第1初中級学校の中学3年生です。煕英さんは1歳の頃、1998年5月の特集「名前は根っ子なり」に登場してくれました。その頃、ヨチヨチ歩いていた煕英さんが今春には高校生。久しぶりに会った煕英さんの成長は、1996年7月に創刊されたイオが、自分の足でやっと立てるようになった年月を伝えてくれるようでした。

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