ESSAY 被災はいま① 宮城
東日本大震災から3ヵ月という時が過ぎた。
仙台市の東北朝鮮初中級学校では、初夏の爽やかな陽気の中、6月12日の運動会本番に向けて児童・生徒、教員が練習漬けの忙しい日々を送っている。
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東日本大震災から3ヵ月という時が過ぎた。
仙台市の東北朝鮮初中級学校では、初夏の爽やかな陽気の中、6月12日の運動会本番に向けて児童・生徒、教員が練習漬けの忙しい日々を送っている。
岐阜朝鮮初中級学校創立50周年記念祝典が5月29日、現地で行われ、同胞、日本市民ら500人が集まった。子どもたちの学び舎、同胞の集う場として半世紀の年輪を刻んできた同校。岐阜では、7月3日にウリ民族フォーラムを主催する県青商会を中心とした若い世代によって、同胞社会と学校を盛り立てる取り組みが進められている。
収容所での非人間的な待遇、自由を奪われ暮らしが成り立たない仮放免中の生活。そのような入管の人権蹂躙に、外国人たちは団結し闘いに立ち上がる。
東日本大震災は、日本の入管体制がいかに非人道的なものであるのかを浮き彫りにした。連載3回目は地震発生時の入管の対処について報告し、難民ら「不法滞在」とされる外国人を支援する日本人の活動を紹介する。
難民をはじめとする在留資格をもたない外国人は、常に強制送還の恐怖に怯えながら暮らしている。そして収容所の劣悪な環境、厳しい監視下に置かれている仮放免者、再収容の恐怖…。前号に引き続き、難民たちの現状を伝える。
現在、日本には220万人以上の外国人が住んでいる。ほとんどが何らかの在留資格をもって日本で暮らしているが、在留資格を持たない外国人、すなわち「非正規滞在者」や「難民申請中」の人たちが少なからずいる。彼らの置かれた現状は、日本の在留管理制度がいかに抑圧的なものであるのかを雄弁に語っている。2009年に「新たな在留管理制度」のための改正法が成立しさらに厳格な在留管理制度が実施されようとしている今、難民たちの現状をシリーズで伝える。
東京朝鮮第2初級学校(東京都江東区)の現校舎解体前の最後のお別れ会として「コマウォ!ウリハッキョYAKINIKU―アーティスト・アクションin枝川」(主催=校舎お別れイベント実行委員会)が12月26日から29日、同校で行なわれた。
朝鮮半島と日本に住む子どもたちの描いた絵画作品を展示する「南北コリアと日本のともだち展」が10回目を迎えた。12月2~5日まで渋谷で展示会が行われたほか、4日には10年を振り返るイベント「ともだち展 くりむ・とーく」が開かれ、ソウルから関係者も出席した。
同胞青年が主催した同胞青年祝典「ウリミレEXPO」が11月7日、東京朝鮮中高級学校で開催された。秋の晴天に恵まれたなか、若い世代を中心に1万余人の同胞たちが集まり、メインステージを中心に会場各所に設けられた、朝鮮パビリオン、青年パビリオン、コッポンオリマダン、フードマダンなどでのイベントを楽しんだ。同胞青年たちが企画、準備を進めてきたものだけに、これまでのものとは一味も二味もちがったイベントになった。
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