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“知っている”から“気づく”へ

 先日、何気なくSNSを見ている時に一つの投稿が目に留まった。 20代の終わり、生まれたときから映像や言葉でのみ知っていた「原爆の日」に初めて広島を訪ねた朝、宿を出た瞬間にむせ返るような線香の香りと煙に包まれ、その"匂い&quot...

原爆と敗戦の夏、加害者としての目

78年前の8月6日、9日は広島市と長崎市に米軍によって原爆が落とされた日です。 広島で約14万人、長崎で約7万4000人が死亡し、その後も被曝の後遺症などで犠牲者は増えています。 当時、広島では数万人の朝鮮人が被爆したと言われています。日本...

花火の穴場スポット

あっという間に8月に入った。 各地では4年ぶりの花火大会が次々に開催、私が住んでいる地域でも花火大会があった。 さすがにこの暑さと人混みの中でわざわざ花火を見に行くのもな…と考えながら、この日、自宅で開催する「お好み焼きパーティ」の具材をス...

枝豆収穫と食育

ある日、子どもを園にお迎えにいくと、「枝豆を収穫しました」という掲示が。 子どもたちが、園の畑で豆まきから水やりまでして枝豆を育てているとは聞いていたが、それがついに収穫を迎えたらしい。 袋に枝豆がポツポツ入っているのかと思いきや、まるで違...

過去を記憶し、伝えていく努力を 留学同東京主催で関東大震災朝鮮人虐殺100年特別展示会

7月30日、東京都文京区にある文京シビックセンターで特別展示会「関東大震災・朝鮮人虐殺から100年 いま何をするべきか」が開催され、多くの学生や一般市民、在日同胞が訪れた(主催=在日本朝鮮留学生同盟東京地方本部)。 会場には虐殺の歴史的背景...

「殺されたのは朝鮮の人ではなく、青森県人らしい」/群馬の虐殺現場を歩いて

月刊イオでは、4月号から「関東大震災100年 虐殺現場を歩く」と題して、これまで実際に編集部が関東各地の虐殺現場に足を運び、紹介をしてきた。 筆者は、群馬県での虐殺(8月号掲載)を調べるため、6月某日群馬へ向かった。 県下で特に被害の大きか...

自身の朝鮮語能力について

9月号の特集は「ウリマルで働く」。 先月から、朝鮮語を武器に仕事をする人たちに会ったり、取材した方の思いを原稿に置き換える作業を続けているのだが、朝鮮語の用法の間違いに気づかされたり、言い回しや単語がわからず、四苦八苦している。これでも20...

「トルパプロジェクト」に注目を

7月も今日で終わりだ。 残り1ヶ月を数えると、9月1日――いよいよ私たちは関東大震災100年の節目を迎える。 編集部内でも、この日をどのように迎えるか、どのような誌面を作るべきか議論を重ねている。 歴史を記録すること。今につなげること。未来...

川崎ネットヘイト裁判が結審、10月12日に判決

  多文化交流施設「川崎市ふれあい館」(神奈川県川崎市)の館長を務める在日朝鮮人女性・崔江以子さん(50)がインターネット上で4年以上にわたって、「さっさと祖国へ帰れ」などと匿名の差別投稿を繰り返され、精神的苦痛を受けたとして20...

70年目の「7.27」/〝分断〟を生きてきた私たちへ/鄭栄桓さん

朝鮮半島の分断を決定付けた朝鮮戦争の停戦から70年。分断と戦争は在日朝鮮人の生にいまだ深い影響を及ぼしています。そして日本政府は法的処遇を通して在日朝鮮人社会に分断を持ち込んできました。その始まりと今後の展望について、『歴史のなかの朝鮮籍』...

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