タグ: 朝鮮学校百物語

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始まりのウリハッキョ編vol.14 師弟の共同作業から生まれたデザイン~「サンペン」マーク誕生秘話

朝鮮学校を象徴するもののひとつに、「サンペン」の通称で知られるマークがある。かつて中・高級部の帽章(帽子につく徽章)などとして使われ、校章にもなっている。朝鮮学校に通った人や学校と関わりを持っていた人であれば、知らない人はいないほど有名なものだ。では、「サンペン」はいつ、どのようにして生まれたのだろうか―。本誌2014年8月号特集で、デザインの考案に携わった当事者の証言に基づいた記事を掲載したが、紙幅の関係で盛り込めなかった内容も含めて、今回あらためてその誕生秘話をひもといてみたい。

始まりのウリハッキョ編vol.13  今も変わらない、 民族教育への思い~群馬同胞社会と民族教育

2015年に創立55周年を迎えた群馬朝鮮初中級学校。これまで1093人が卒業し、3世代の同胞が通う伝統ある学校だ。そんな群馬初中と、群馬での民族教育にまつわるさまざまな物語を集めてみた。話を聞かせてくれたのは同校の安重根校長(69)、群馬初中・初級部2期卒業生の廉数昭さん(66)と朴徳栄さん(66)の3人。

始まりのウリハッキョ編vol.11  市立分校から自主校へ~尼崎朝鮮初中級学校

尼崎市内の朝鮮学校は1949年の「学校閉鎖令」以降、日本の市立学校の分校として民族教育が守られた。その後、中級学校の設立を経て、自主学校となり、各種学校の認可を取得。尼崎朝鮮初中級学校は来年4月に創立70周年を迎える。

始まりのウリハッキョ編vol.10  始まりは浜松、そして静岡へ~静岡朝鮮初中級学校

昨年、創立50周年を迎えた静岡朝鮮初中級学校(静岡市)。現在、県内唯一の朝鮮学校である同校が1964年に産声を上げるまでの歴史は、県下の民族教育のルーツである浜松朝鮮初中級学校を抜きには語れない。   かつては高級部も 1945年...

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始まりのウリハッキョ編vol.09 同胞たちの悲願、朝鮮学校再開へ~埼玉朝鮮初中級学校

解放後、埼玉県下の各地にも国語講習所が設立された。しかし「学校閉鎖令」後は、長く日本の公立小学校での民族学級や課外授業といった形態で民族教育が続けられることになる。県内に正式な朝鮮学校が創立されたのは61年のことだ。67年、現在の場所に新校舎を竣工するまでを振り返ってみよう。

始まりのウリハッキョ編vol.08  貧しさにも負けず、台風にも負けず~大阪朝鮮第4初級学校

日本有数の朝鮮人集住地域である生野区のコリアタウンの南側に位置する大阪朝鮮第4初級学校。来年に創立70周年を迎える同校の沿革には、学校を守り、受け継いでいこうとする人々の思いが表れた逸話がいくつも残されている。   御幸森朝鮮小学...

始まりのウリハッキョ編vol.07  校舎増築、養豚…独自の取り組みで学校存続に尽力~川崎朝鮮初級学校

 川崎においての民族教育の始まりは1945年10月1日、桜本をはじめとし群電前、中留、入江崎、小田、浅田、渡田など各地で開設された国語講習所だ。翌年3月1日には権邦得氏を校長とする川崎朝連第一学院が中留に、入江崎に川崎朝連第二学院が設立された。

始まりのウリハッキョ編vol.06  区役所の一角で上がった産声~東京朝鮮第9初級学校

東京・阿佐ヶ谷の閑静な住宅街の中にたたずむ東京朝鮮第9初級学校。来年、創立70周年を迎える同校のルーツは1946年3月に開校した杉並初等学院にさかのぼる。 1世が語る草創期 45年8月の日本敗戦と祖国解放後、現在の東京第9初級の学区である杉...

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始まりのウリハッキョ編vol.05 新校舎建設に注いだ情熱~千葉朝鮮初中級学校

来年、創立70周年を迎える千葉朝鮮初中級学校。閉鎖の憂き目にあい、「朝鮮学校、ぼろ学校」と蔑まれながらも63年に新校舎を建設し新たな門出を迎えるまでには、商工人や活動家、同胞たちの献身と情熱があった。

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