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ウリハッキョ

【特集】今こそ見つめる民族教育権

在日朝鮮人の権利運動の場で「民族教育権」が強調されて久しい。そもそも民族教育権とは何か、どのような法的根拠を持つのか、なぜ権利として認められなければいけないのか―。これらの疑問に明快な答えを出せる人はそう多くない。国際人権規約から見た民族教育、日本の司法と民族教育権、民族教育の現場で調査、研究活動を続ける学者たち―各地の高校無償化裁判で一審判決の言い渡しが続く中、あらためて民族教育の権利について多角的に考えてみる。

 

勝ちとった国連勧告を、無償化判決に―
国際社会が求める民族教育権の保障

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国連・社会権規約委員会第50回会議に参加したオモニ代表団。ポーランド人委員に資料を渡し、朝鮮学校が置かれた現状を説明する(2013年)

宋恵淑●在日本朝鮮人人権協会事務局スタッフ

国際人権条約からのアプローチ
大阪「無償化」裁判地裁判決は、日本で学ぶすべての意志ある高校生に公平に教育の機会を与えるという「無償化」制度の原点に立った「当然」の判決であると同時に、解放後の在日朝鮮人の民族教育の歴史的経緯が認定された画期的な判決でもあった。この裁判の過程では、国際人権条約の観点からの「無償化」除外の違法性も争点として挙げられたが、朝鮮学校の子どもたちの学習権、民族教育権への人権条約からのアプローチは、他地域の「無償化」裁判においても、大阪補助金裁判においても重要なポイントのひとつとなっている。そしてそのアプローチは、私たちが民族教育権拡充運動のなかで行ってきたことでもある。今後も継続する裁判闘争を見据え、私たちが行ってきた地道な活動をそのはじまりから振り返ってみたい。

 

日本の司法と民族教育権
何を認め、何を認めなかったのか

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京都朝鮮学校襲撃事件の控訴審判決後に開かれた報告集会のようす(2014年7月8日、大阪弁護士会館、朝鮮新報提供)

朝鮮学校が実施する民族教育の権利をめぐる問題が争われた2つの訴訟―枝川朝鮮学校裁判(2003~07年)と京都朝鮮学校襲撃事件裁判(2010~14年)を取り上げて、その内容をあらためて検討した。日本の司法は民族教育の法的権利性について何を認め、何を認めてこなかったのか―。

 

【朝鮮学校を語る意味1】朝鮮学校の存在意義
朝鮮学校保護者へのアンケート結果をもとに

伊地知紀子●大阪朝鮮高級学校無償化を求める連絡会・大阪、大阪市立大学

【朝鮮学校を語る意味2】朝高生たちがつかみとる〈祖国〉
愛知・無償化裁判の意見書から

山本かほり●愛知県立大学教員、「朝鮮高校にも差別なく無償化適用を求めるネットワーク愛知」共同代表

 

【ESSAY1】娘たちがくれた新しい人生

趙寿子●朝鮮学校保護者、44、大阪府在住

【ESSAY2】多文化主義国家カナダの教育から学ぶ

原京子●フリーランスライター、54、カナダ・バンクーバー在住

 

国と裁判中の朝高に通わせる意味
偏見によるアイデンティティの歪みに打ち克つもの

康明逸●朝鮮大学校経営学部准教授

無償化差別が続くことで朝鮮高校保護者の経済的負担は重い。一方で、国家権力から差別を受ける中でも、「貧困の罠」にはまらず、自己肯定感を持てる生徒たちが朝鮮高校を舞台に育っている。それはなぜ可能か。卒業生たちをよく知る朝鮮大学校の康明逸准教授に寄稿いただいた。

 


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