【特集】「在日」を生きる私の名前
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ルポ わたしと名前
自身のアイデンティティを深く突き詰めながら、自分が拠って立つ名前を選び、獲得してきた同胞たちに、それぞれの名乗りについて取材した。
生きていくための選択、けど隠さない
金真実さん(59)

「真実」という名前は、1世の父・聖漢さんと2世の母・君子さんの名にちなんでいる。
「聖人君子のような真実味のある人に」という願いを込めてつけられた。幼稚班から東大阪の朝鮮学校に通った金さんは、家では日本語読みの「まみ」ちゃん、学校では朝鮮語読みの「チンシル」と呼ばれるなかで、自然と自分が在日朝鮮人であることを自覚していった。
口演大会への参加を通じて、人の心に深く響くウリマル(朝鮮語)の力に魅了された金さんは朝鮮大学校へ進学。卒業後に教員となるも、結婚を機に退職した。その後、夫の仕事の関係で移住した神戸で阪神淡路大震災に遭う。住む場所を探して辿り着いたのが京都だった。3人の子どもを育てていた当時「生きていくために」タウンページを手に取り片っ端から電話。そこで冠婚葬祭関係の職を得る。採用にあたって会社から日本名での就労を提案され、「同僚も仕事相手も主に日本人。あえて朝鮮名にする必要もない」と自分を納得させた。それ以上に、日本社会で認められるプロ司会者になりたいという強い思いがあった。そうして「山本真実」として、司会者の第一歩を踏み出した。…
本名は抵抗でありアイデンティティ
劉成道さん(46)

在日2世の父と3世の母のもとに生まれた劉成道さんは、日本の学校に通いながら本名を使い続けた。「人と違うことがアピールポイントだと思っていたので、提出物も生徒会選挙もすべてハングルで名前を書いていた」。当時小学生だった劉さんにとって漢字でもひらがなでもないその名前が誇りだった。名前やルーツへの肯定的な意識は、劉さんいわく小学生の頃、人権意識の高い教師たちが朝鮮半島ルーツの子どもたちのために開いた「民族クラブ」に通うなど「恵まれた環境」で生まれたものだ。
中学に上がってからは〝違い〟をアピールすることを控えるようになった劉さん。再び名前と向き合うきっかけになったのは、大学時代に出会った在日同胞青年団体だ。本名で呼び合う原則に当初は戸惑ったが、「呼ばれ続けることで名前に愛着が生まれた」。その経験は、「情緒的な部分で在日コリアンとしての自分をアイデンティファイするのに作用した」かけがえのないものだった。…
“表記はいろいろあっていい〟
許相浩さん(52)

在日朝鮮人の名乗りは民族的アイデンティティと深く結びついているがゆえに、かつては「日本式」につけられた本名を「朝鮮式」に変えて同胞コミュニティ内部で「通称名」として使用するケースも少なくなかった。また近年では、本名をベースとしながら、相手やシチュエーションによって名乗りを柔軟に使い分けたり、ジェンダーその他の観点から従来の枠組みに収まらない名乗りを実践する人もいる。
同胞社会では「ホサンホ」、日本企業や日本人との仕事では「キョ(許)」。グラフィックデザイナー兼フォトグラファーの許相浩さん(52)は場面によって名乗りを変えてきた。
朝鮮新報社のデザイン部、デザイン会社勤務を経て、フリーランスに。現在はデザイン会社とフォトスタジオを営んでいる。大手広告代理店や日本企業を相手に仕事をしながら、同胞企業や朝鮮学校などのチラシ制作、Uri-AD(ウリアド)の運営などに携わってきた。…
母が歩んできた足跡消したくない
孫片田晶さん(43)

母の元の姓「孫」と父の姓「片田」の両方を名乗る。母が在日2世、父が日本人のダブルルーツだ。高校までは「片田晶」として大阪で暮らしていた。
今の名乗りの転機となったのは京都大学時代。「東九条マダン」というイベントを訪れた時に出会った在日同胞学生団体のメンバーに活動に誘われた。グループの中では民族名で呼び合うことになっていた。そこで「孫晶(ソンチョン)」と呼ばれた。「初めは『チョン?!』とドキッとしたが、呼ぶ人たちとの関係性が温かくて受け入れられた。徐々に「私の名前」になっていった」。一方、晶さんを活動に誘った先輩は晶さんと同じ日本国籍のダブルだったが、民族名を日本語読みしていた。「特別な事情や思いがあってそうしていたと思う。あえてそうすることによって、後輩たちに何かを示そうとしていたのでは」。…
“なぜ姓を名乗らなければいけないのか”
誠明さん(32)

「私のフルネームは『성명(誠明)』だと思っている」
在日本朝鮮留学生同盟(留学同)東京地方本部委員長(兼中央宣伝文化部長)を務める誠明さん。登録名は「金誠明」だが、「誠明」と名乗っている。朝鮮高級学校を卒業後、日本の大学へ進学。学生時代の留学同の活動を経て専従となった。
なぜ姓を名乗らないのか。「そもそも家族・血縁関係を表す記号をなぜ名乗らなければいけないのか」と誠明さんは説く。朝高の頃から「男らしさ」が強調される社会への違和感があった。留学同での活動を通じ、考えは深まっていく。「朝鮮の姓は基本的に父系血統の記号。家父長制・性差別の表れでもある」。…
あたりまえに民族名を名乗れる社会へ
在日コリアン、名前をめぐるたたかい

「イルム裁判」の控訴審判決後、記者の取材に応じる金稔万さん(2013年11月26日、大阪高裁前)。本名である「きむ(金)」のシールと、貼り替えられた通称名の「かねうみ(金海)」のシールについて説明する
自らの名前をめぐって在日朝鮮人が繰り広げてきたたたかいを、民族名の名乗りに対する差別を司法に訴えたケースを中心に取り上げる。
職場での「通名」強制
まずは、在日朝鮮人の名前をめぐる問題の歴史的経緯を見てみよう。在日朝鮮人が通称名(通名)と呼ばれる日本式の名前を使用するようになった根源には日本の植民地支配下で行われた「創氏改名」政策がある。日本は1940年から皇国臣民化政策の一環として、それまで朝鮮人にはなかった「氏」を創設し、名を日本風に改名するよう強要した。
1945年の祖国解放後も日本に留まった朝鮮人のうち、引き続き日本式の「通名(通称名)」を使用した人々は少なくなかった。朝鮮人に対する差別や偏見が根強い社会で本名(民族名)を使うことによる不利益を避けるため、社会生活における「通名」使用が定着していった。日常で民族名を名乗りづらかったり、名乗ることで不利益を受けるケースは今も存在する。
2010年から始まった「イルム裁判」では、兵庫県尼崎市在住の在日2世・金稔万さん(1960年生まれ)が大阪の日雇い労働現場で「通名」使用を強制されたとして建設会社と国に損害賠償を求めた。
金さんは2009年3月、大阪市内のビル建て替え工事に本名で就労。しかし同年9月、下請けの担当者が金さんに対して「通名でいってくれるか」と言い、ヘルメットにつける名前のシールを「きむ(金)」から「かねうみ(金海)」に貼り替えるなどした。金さんは「通名」強制によって精神的苦痛を受けたとして翌10年5月、元請け企業と下請け2社、そして国を相手取り、大阪地裁に損害賠償請求裁判を起こした。…
連載「ピョンアリ」から見る 在日コリアン名付け事情
本誌の赤ちゃん紹介コーナー「今月のピョンアリたち」に掲載された子どもの名前から在日コリアンの名付け事情とその変化を探った。
※連載初期の2007〜09年に掲載された167人(男83、女84)と直近3年間(23〜25年)に掲載された122人(男62、女60)を分析対象としました。
まとめ・編集部
疑問・質問 同胞弁護士が答えます!
名前Q&A
子どもの名づけ、名前の変更、職場でのハラスメントなど在日同胞の名前と関連した法律上の問題を、同胞弁護士がわかりやすく解説します。
金星姫●弁護士
Q1 日本国籍を持つ子どもにも母国語での読み方の名前はつけられますか?
Q2 名前を変えたい場合はどうすればいいですか?
Q3 職場で「通称名を名乗ってほしい」と言われた場合、従う義務はありますか?
Q4 名前を理由に職場で不利益な取扱いを受けた場合、どうすればいいですか?
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特集全文は本誌2026年4月号をご覧ください。







