声なき被害者〝人の形のまま横たわっていた〟
今から84年前の1942年、山口県宇部市の長生炭鉱で水没事故が発生し、坑道で作業していた朝鮮人労働者136人をはじめとする183人が犠牲となった。昨年8月には、炭鉱跡から労働者の遺骨とみられる人骨が見つかり、遺骨の完全収容に向けた調査が本格化している。そうした中、2月6日午前に行われた潜水調査で、新たに頭蓋骨や歯、首の骨などの人骨が発見された。
潜水調査―坑道内で人骨を収容

潜水調査のために沖のピーヤへと向かうダイバーたち(右)
この日は午前10時半頃から、ダイバーたちが順に浜辺を出発。昨年の遺骨収容地点を目指し、約300メートル沖のピーヤ(排気筒跡)から坑道内(旧坑道)へと入った。旧坑道から本坑道へとつながる通路を進み、その突き当り、本坑道側に曲がってすぐの地点で「人のままの形で横たわっている1体の骨を見つけた」(水中探検家・伊左治佳孝さん)。
今回、遺骨を収容したのは、昨年遺骨を確認した水深43mの地点。伊左治さんによれば、目標地点までの道の視界は悪く、共に潜水したアウディタ・ハルソノさん(インドネシア出身)も「何も見えない暗闇の中を探りながら進んだ」と話すほど。25分でたどり着いた前回と異なり、約1時間かけて到着したが、現場の視界は良好だったという。
収容したのは1人分の遺骨。ダイバーたちは当初持ち帰るとしていた頭蓋骨をはじめ、歯と首の骨などを収容し、調査開始から約5時間後の午後3時過ぎ、遺族らが待つ浜辺へ戻ってきた。
「人間の身体のままの状態で、手袋や靴など衣類を着ていることが明らかにわかる形で残っていた」。遺骨を発見し、収容した伊左治さんは、そう話しながら、まずはDNA鑑定で重要となる頭蓋骨を持ち帰ることを優先したと説明した。前日の会見までに同氏は、収容地点に「4体の遺体と300以上の人骨」があることを潜水チームに共有したうえで、「いま見つかっている遺骨を収容することが最大の目標」であるとのべていた。
ダイバーたちを出迎えた遺族たちはこの日初めて遺骨と対面した。
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置き去りにされ84年、国策による人災
追悼集会―「当事者」不在の現場

収容された遺骨と犠牲者を偲び手向けられた花々
遺骨収容翌日の7日には、水没事故から84年を迎えての犠牲者追悼集会(主催=刻む会)が催された。追悼碑のある床波の「追悼ひろば」で行われた集会に、刻む会の井上洋子代表、韓国遺族会の楊玄会長など関係者と遺族、日本の国会議員や山口県および宇部市の担当職員ら約800人が参加した。
強烈寒波の影響で雨風が段々と強まる中、開会が宣言された。

約800人が参列した追悼集会
犠牲者を偲び、参加者全員で黙とうした後、井上代表があいさつした。井上代表は、「日本が植民地支配という形で取り返しのつかない犠牲を朝鮮半島の人々に強いてから80余年の歳月が流れたが、被害者たちの心の傷は癒されぬまま残っている。その象徴が長生炭鉱犠牲者の遺骨であり、遺族たちの存在だ」と改めて強調。国をあげての遺骨収容と補償を忌避する日本政府に対し、人道主義の立場から遺骨に真摯に向きあうよう訴えた。そして「犠牲者の尊厳を回復し遺骨を返還することが、待ったなしの時代の要請であり、ここにこそ朝鮮半島と日本の真の和解、確かな未来が生まれると信じる」として、今後も刻む会が「歴史の証人」である遺骨を、遺族のもとへ届ける活動に寄与していくとのべた。
総聯山口県本部委員長名義の追悼の辞を代読した山口県朝鮮人強制連行真相調査団の金静媛事務局長(刻む会運営委員)は、朝鮮半島北部の出身者5人を含む犠牲者たちに哀悼の意を表した。
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〝尊厳守られるよう力尽くす〟
台湾出身ダイバー、潜水調査中に死亡

事故翌日の8日、緊急会見が開かれた(右から井上洋子代表、伊左治佳孝さん)
一方、今回の潜水調査中、台湾のダイバーが死亡する事故が起きた。事故は7日、追悼集会の最中に発生し、以降のすべての行事と調査は中止となった。
日本政府が一貫して遺骨収容に消極的な姿勢をとる中、調査には、これまで潜水を担ってきた伊左治佳孝さんをはじめフィンランドやタイ、台湾などからプロダイバーがボランティアで参加していた。
8日、刻む会は緊急会見を開き、今後の対応を説明。井上洋子代表は「遺骨収容、返還への思いが消えることはないが、活動のあり方は時間をかけて検討したい」とのべ、「今は何より遺族を支え、故人が尊厳を守られ祖国の地を踏めるよう全力を尽くしたい」と語った。
会見では伊左治さんが事故当時の状況を説明した。台湾出身の魏修さん(57)は潜水中にハイパーオキシア(高酸素症)による中毒を起こし、けいれん症状が出た後、溺水したとの認識を示した。高酸素状態が生じた経緯は不明で、発見時は「口に呼吸器をくわえていなかった」。また同氏は、低体温症や減圧症、体調不良との関連は否定し、今回の事故が長生炭鉱での調査そのものの危険性を示すものではないとのべた。
「僕らは何が起きても自己責任で潜っている。だから井上さんや遺族のせいではないし、政府支援がないせいでもない。かれはダイバーとして誇りをもって潜るという選択をしたと思うので、勝手に判断しないでほしい」。伊左治さんは、時おり言葉を詰まらせながら、肩を震わせ泣いていた。
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以上が記事の抜粋です。全文は本誌2026年4月号をご覧ください。