【特集】共生を考える
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現場からの報告
排外主義や分断を煽る言葉たちが社会に広がるなか、地域の現場では、紆余曲折を経ながらも「共に生きる」ための実践が積み重ねられてきた。差別に抗いながら共生を模索してきた川崎、滋賀、埼玉での取り組みを、当事者たちの声からたどりました。
焼肉は、在日1世たちが朝鮮食肉文化の焼肉法を用いて、日本人がかえりみない内臓肉を味付けし商売として立ち上げたのが始まりだ。日本の津々浦々、チェーン店や個人経営の焼肉屋が乱立する昨今。在日同胞たちが各地でどのように焼肉文化を
発展させたのか―。関東、関西の老舗店を通して見つめる。
①川崎、差別のない多文化の街づくりを
山田貴夫●社会福祉法人青丘社 理事

川崎に関わって半世紀以上
昨年、『川崎在日コリアンの歴史 共に生きるまちを築いた人びと』(緑風出版)という本を出した。ベースとなったのは、多文化交流施設「川崎市ふれあい館」に集まった市民・職員ら有志たちがウェブ上に開設した「川崎在日コリアン生活文化資料館」だ。
一言で在日コリアンといっても内実はさまざまだ。今まで集めてきた資料をもう一度整理しなおそうという話を仲間たちとしていたときに、出版社から出版の提案をもらった。
ヘイトスピーチ問題をきっかけに川崎に関心を持った人たちの中には、なぜ川崎が狙われたのかわからない人もいる。そういうときは、社会福祉法人青丘社の活動が始まった70年代にさかのぼって話をする。なぜ70年代なのか、そう問われたら戦前・戦後直後にまでさらにさかのぼる。どぶろく作りの摘発や生活保護受給の運動など川崎は在日コリアンのさまざまな闘争・運動の拠点で、それらが積み重なってきた場所だ。民族教育の運動もそうだし、帰国運動も中留から始まった。
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②仲間たちが教えてくれた共生
滋賀で育まれるウリハッキョマダン―
前滋賀初級校長・鄭想根さんに聞く

1990年、32歳の時に和歌山朝鮮初中級学校から滋賀朝鮮初中級学校(当時)へと赴任した鄭想根さん(68)。着任当時、滋賀では日本社会との交流はまだ限定的で、朝鮮学校を取り巻く環境も決して開かれたものではなかった。
「最初は本当に小さな学習会からでした」。日本の教育関係者が朝鮮学校を訪れ、人権学習を行う機会を一つひとつ積み重ねていった。交流の中心となったのは、日教組の組合経験者たち。現在、鄭さんが下部組織で副部長を務める滋賀県人権教育研究会とも、そうしたつながりの中で関係が築かれていった。1995年の「在日外国人の教育を考える会・滋賀」の結成も、地域での交流が土台となった。
鄭さんの基本姿勢は「フルオープン」。朝鮮学校を訪れた人々に対し、「拉致、核、ミサイル、肖像画…触れてはいけないと思っているでしょう。でも、聞いていいんです」と語りかけた。「互いに基本認識が違うのだから、まずは相手の話を聞いたうえで、間違っているところは間違っていると伝える。その過程こそが、違いを認め合い関係を豊かにする」。そうした積み重ねの中で、日本学校の教員や、近隣の自治会、地域の教育機関や外国人学校、国際協会、しまいにはメディアや行政まで、ウリハッキョに集う地域の人々をいつしか「仲間」と呼ぶようになった。
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③埼玉の地で出会い、共に暮らす
温井立央●「在日クルド人と共に」代表

2001年から埼玉県蕨市に住んでいるが、クルドの人々と関わるのは16年からになる。きっかけは蕨市内の公園で出会った女の子だった。妻のまどかがスマートフォンで翻訳して尋ねるとクルド人だとわかった。学校に行きたいとの希望を叶えるため、親御さんと相談して就学の手続きをはじめた。当初、学校側は日本語がわからないと何かあった際に責任が持てないと入学を断ってきた。それでも交渉し、入学できた。その時、長年クルド人と関わってきた松澤秀延(当会理事)と知り合うことに。公園での偶然の出会いから交流・支援がはじまった。
クルド人の来日と難民申請
1990年代、トルコでは政府とPKK(クルディスタン労働者党)の抗争が激化し、クルド人が多く居住する地域に非常事態宣言が発令された。軍などによって3000以上の村が破壊され、100万人以上が強制移住させられた。さらに強制失踪、大量逮捕、拷問が常態化するなど著しい人権侵害が起きていた。
そのためクルド人は世界各地に移住し、日本にも渡ってきた。ほとんどが難民申請をしたが1人しか認められていない。難民申請中は特定活動という一時的な在留資格を得ることができるが、難民申請を却下されると在留資格を失い仮放免の状態となることがある。仮放免とは在留資格のないまま拘束を解かれた状態だが、就労は禁止、国民健康保険に加入できず、住民票もなく、移動の制限があり、生活保護の受給資格はない。それでも人々は生きるために働いてきた。
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外国人学校ってどんなところ?
各種学校認可124校、2万7000人が学ぶ
自民党・高市政権が就学支援金支給の対象から外国人学校を外す方針を示している。1世紀以上も前から日本に外国人学校があって、そこで教育が行われてきたということは案外知られていない。あなたの隣人が通っているかもしれない外国人学校についての基礎知識をまとめた。
Q1 日本に外国人学校はどれだけある? 生徒数は?
Q2 どういう教育をしている?
Q3 高校無償化の対象になっている学校も、制度改正によって対象外になると言われているが
Q4 日本は外国人学校にどのような政策を取ってきたのか
編集部セレクト! 共生を“考える”ための作品10選
わたしとは違うあなた―。この社会を共に生きる人々を想像し、理解するうえでヒントとなる作品を、編集部および本特集に協力いただいた方々がセレクトしました。
△映像から学ぶ
『学校』『ズートピア』『最強のふたり』『東京サラダボウル』『誠信之記憶』
△テキストから学ぶ
『川崎在日コリアンの歴史 共に生きるまちを築いた人びと』『在日朝鮮人を生きる 〈祖国〉〈民族〉そして日本社会の眼差しの中で』『ヘイトをのりこえる教室 ともに生きるためのレッスン』『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』『半分姉弟』
誌面で紹介できなかったその他のオススメ作品も含めた完全版はこちらから
虚妄の「日本人ファースト」
フェイクとヘイトの多重奏
前田朗●朝鮮大学校非常勤講師
2025年夏、「日本人ファースト」が政治を引き回した。
参政党が選挙運動で前面に掲げ、SNSで拡散された。「国民」の生活を優先し、「外国人政策」を見直すことを主張する政治的スローガンである。
日本人の困窮や孤立を救えという主張の背景には経済的な不安と不満がある。「失われた10年」「失われた30年」などの経済停滞や生活費高騰への不満から、「外国人のせいで日本人が損している」という単純な図式が支持を集めた。世の中が上手くいかないのは外国人のせいだと決めつける。「日本人ファースト」が「外国人排斥」につながるのは必須だ。
多くの政党が「参政党に負けるな」とばかりに外国人排斥を語りだした。自民党と日本維新の会の「連立政権合意書」は、「ルールや法律を守れない外国人に対しては厳しく対応することが、日本社会になじみ貢献している外国人にとっても重要だ」という。「合意書」は「外国人に関する制度の誤用・乱用・悪用への対応を強化する」とのべて、「外国人問題」を焦点化した。「ルールを守れない政治家」のたわごとが政治を劣化させる。
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記事全文は本誌2026年2月号をご覧ください。







