vol.15 三重県職員採用時の 国籍条項復活の動き
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Q1 何が問題なのか
三重県の方針は外国人への差別だといえます。まず地方自治体でも多文化共生の実現が大きな課題とされているなかで、その理念に反するものです。まして三重県は2022年には都道府県で初めて包括的な差別解消条例である「差別を解消し、人権が尊重される三重をつくる条例」を制定しており、県が進めている施策にも反しています。次に労働基準法も国籍による差別を禁止しており、明らかに法の趣旨にも反します。そして「情報漏洩」は国籍に限らず地方自治体の責務として対応するべきものであり、三重県が外国籍のみをリスク対象とすることは、市民に対して外国人が危険で排除すべき対象であると社会的に印象づけ、地域社会の分断を深めることになります。
Q2 なぜ外国人の公務就任権は否定されてきたのか
戦後すぐに日本政府は在日朝鮮人に対して選挙権を停止し、外国人登録令によって監視対象としました。また学校閉鎖令により民族教育を弾圧し、サンフランシスコ講和条約締結と同時に日本国籍をはく奪、外国人として差別してきたのです。そして1953年には内閣法制局が、公権力の行使や公の意思形成に関わるには日本国籍が必要という、「当然の法理」を示し、それがいまも外国人の人権に大きな影響を与えています。たとえば外国人は地方公務員や公立学校教員に採用されても管理職になれず、家庭裁判所の調停員や警察官、消防官にもなれません。地方参政権が認められないので有権者名簿から選ばれる民生委員・児童委員にも就けないのです。このように「多文化共生」が語られる一方で、外国人が共に社会に参画できる仕組みがいまもできていないのです。
Q3 就職差別、国籍要件廃止の流れはどのように作られてきたのか。今後の課題は?
戦後の厳しい差別のなかでも権利を求める闘いは広がっていきました。1970年、神奈川県で在日コリアン青年が国籍を理由にした就職内定取り消しを民族差別として提訴(日立就職差別事件)し、裁判所は「懲戒解雇した決定的理由は在日朝鮮人であること」と認定、労働基準法第3条に反するとの判断から原告の訴えを認めました。以降、就職差別撤廃の取り組みが各地で広がっていきました。また1990年代以降、地方参政権を求める裁判や、1994年の外国籍公務員の昇進試験受験の権利を求める裁判などもありましたが、「当然の法理」を覆す判断はなされず、原告はいずれも敗訴でした。しかしこうした闘いのなかで「外国人も共に生きる隣人である」との声が広がり、1996年に川崎市が、1997年には神奈川県、大阪市、神戸市などで一般職の地方公務員採用の国籍条項がなくなり、外国人の採用の道が開かれたのです。今後ますます少子高齢化が進むなか、多様性が尊重される多文化共生の社会を外国人と一緒にどのように実現していくのか。これは外国人の人権の問題であると同時に、日本で生きるすべての人たちの課題でしょう。








