植民地主義に目を向けてこそ(ジャーナリスト・乗松聡子さん)

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ジャーナリストの目

カナダに在住のジャーナリスト・乗松聡子さんは、日本の多くの人々が無自覚でいる「日本の植民地主義」に目を向け、朝鮮半島、東アジアの戦争なき未来に向けた日本の役割を発信している。だからこそ、日本の報道が隣国の朝鮮半島叩きに必死な現状を憂いている。
文責:編集部

 

ジャーナリスト・乗松聡子さん

のりまつ・さとこ
東京都出身。カナダ西海岸に通算24年在住。「The Asia-Pacific Journal Japan Focus」エディター。編著書に「沖縄は孤立していない」(金曜日、2018)、共著に「Resistant Islands: Okinawa Confronts Japan and the United States」(Rowman& Littlefield、2012)。この本は韓国語版「저항하는 섬, 오끼나와: 미국과 일본에 맞선 70년간의 기록」(창비、 2014)もある。琉球新報で「乗松聡子の目」を連載中。

乗松さんは、沖縄と米軍、朝鮮半島の平和をめぐる問題について積極的に発信されています。最近の日本の報道の中で、一番気になった事柄を教えてください。

日本の様子を見ていて一番危機感を感じるのは、日本のメディアが連呼している「日韓関係の悪化」と称する現象です。なぜ「称する」と言うかというと、日本側が意図的に韓国叩きを強めてきており、自分で叩いておいて「悪化した」と言うのはおかしいと思うからです。すべては昨年10月30日、韓国大法院が新日鉄住金に元徴用工への賠償を命じた判決をきっかけに始まったことに見えます。三権分立について、日本では政権でさえ分かっていないかのように、一国の司法への政治の介入を第三国、ましては「徴用工」の加害当事者の国が強制するような暴挙に出ました。そのような日本の姿勢にはいまだに植民地主義が見え隠れします。平等な相手と思っていないから、「韓国はけしからん!」という姿勢で批判したり、指図するのです。逆に、卑屈に追従する米国には決して取らない姿勢です。1965年の日韓条約はあっても個人の請求権は消えないとは、日本政府自身も認めていることです。歴史を知っていれば、日本の植民地支配の下、人生を壊された上に謝罪も個人的補償ももらえない元徴用工の人たちの悔しさというものに思いを馳せられるはずですが、日本人のほとんどがそのような想像力を行使することさえ拒否しているように見えます。

最初におかしいと感じたのは、世界のスーパースターになっていたKポップの「BTS」のメンバーが、ずっと前にオフの日に着ていたという、光復節をテーマにしたTシャツの片隅に原爆のイメージがあったというだけで、そのメンバーが広島長崎の原爆投下を肯定しているかの如くに日本のメディアが大騒ぎをし始めたときでした。それを受けて日本のテレビ局がグループの出演を急きょキャンセルするといった過剰反応が起きました。

年末には、日本海(東海)で海自の哨戒機が韓国海軍の駆逐艦から火器管制レーダーの照射を受けたとされる問題で、日本のマスコミは韓国海軍があたかも海自に対する攻撃をしかけたかの如くの報道を繰り返し、韓国への憎悪を煽りました。あの出来事は韓国が同胞であるDPRK(朝鮮民主主義人民共和国)の遭難漁船を救助しようとしていた最中で、そのような人命が左右される状況において海自機が接近したり、レーダーが当たったとか、いちゃもんを付ける方がおかしいのではないでしょうか。もちろんこれは、日本の大衆の心の中に「北朝鮮船など救助する必要がない」という差別感があるからこそ日本で成り立つ理解なのでしょう。

これについては、リベラルの学者やジャーナリストさえもが、「本当は韓国が嘘をついている」といったことを口にしているのを聞いて、日本の主要メディアの洗脳の「効果」を思い知らされました。この「レーダー」の話題を政府とマスコミは年が明けてからも執拗に引っ張り続け、安倍政権は自分の支持率を上げるために韓国を叩いていたように見えます。しかし、そもそも韓国を叩けば安倍首相の支持率が上がってしまうような日本の大衆の心の土壌自体が問題なのです。

乗松聡子さん

東京・新宿で19年3月1日に行われた「3・1独立運動100周年リレートーク&キャンドルアクション」で発言する乗松さん

 

―今の日本のマスメディアの状況をどのようにご覧になられますか? とくに朝鮮半島との関係において感じられることをお聞かせください。

ひとことで、日本は韓国に対してもDPRKに対しても「植民地主義丸出し」です。最近の報道で典型的だと思ったことは、福島の原発事故に起因する食品輸入規制に対し、韓国を相手取ってWTO提訴を行って事実上の敗訴をしたことを悔しそうに延々と報道しました。数ある輸入規制国の中から、韓国だけをターゲットにするということからして、すでにいじめ的行為ですが、それも、「東北のホヤ業者にとって韓国はお得意様だったのにホヤが輸出できない」と、わざわざ東北まで取材に行き、韓国のせいで東北のホヤ業者が苦しんでいると言わんばかりの報道をしました。原発事故はそもそも日本が起こしたのに、その影響まで韓国のせいにする。

朝鮮半島をめぐる和平交渉についても、朝鮮戦争終結に向けた交渉を妨害する材料は絶対に逃さないというような報道姿勢です。DPRKについては、この国を悪魔扱いし、米国との約束は「朝鮮半島の非核化」なのに、DPRKにだけ「非核化」させるという話にすり替え、制裁で圧力をかけ続けろ、という報道姿勢は日本メディアも他の「西側」メディアも一緒で、これは保革を問いません。日本メディアの場合、これに「拉致」が加わります。和平交渉が滞っているときは「拉致」のことなど忘れたかのようですが、いざ、南北会談、米朝会談といった、前進に向けた会談が持たれるとき日本政府とメディアは決まって「拉致」を前面に出してきて妨害します。

DPRKに対する姿勢はそのまま日本の朝鮮学校の子どもたちに対する差別政策に反映されます。日本のマスコミで朝鮮学校差別を批判することなどほとんどありません。DPRKのこととなると、石油禁輸して凍死させてもいい、飢餓に陥れてもいい、子どもの教育権を奪ってもいい、何をしてもいいといった姿勢になるのは、1923年の関東大震災のとき、このようなメンタリティだったのかもしれないと思いぞっとします。大震災といえば、DPRKは東日本大震災のときに、自国よりはるかに豊かな国である日本に義援金を送りました。日本は「北朝鮮」から援助を受け取ってはいけないという「制裁」はなかったのでしょうか(皮肉)。

 

―歴史修正主義がはびこる日本の社会において、歴史の共有のためにはどのようなことが必要でしょうか? 何から始められるでしょうか? 諸外国の実践から学べることがあれば、合わせて教えてください。

最近マスメディアを賑わせている「徴用工問題」「日本軍『慰安婦』問題」「朝鮮半島をめぐる動き」等を理解するには、日本の朝鮮半島植民地支配の歴史を学ぶ必要があると思いますが、日本人側にその知識が圧倒的に欠けており、欠けているどころか、「慰安婦」に強制がなかったとか、「強制連行がなかった」とか、おおよそ日本語の世界を一歩出たら誰にも通用しないような言説が日本では政府とそれに付き従うメディアが率先して流布します。日本と朝鮮や韓国、中国、または他国との間で「共有」するというのは非常に難しい状態になっています。

日本人の多くがあまり意識していないであろうメディアの問題は、日本語の世界が、グローバルに見れば非常に閉鎖された社会で、日本語が日本でしか通じない、また、日本には日本語しか使わない人が多いために、日本で日本語で暮らしているとその狭い世界が自分の全ての世界だと思い込みがちなのです。

故加藤周一氏は、「外国語を学ぶのは政府の嘘を見破るためだ」と言っていましたが、今の海外の日本人、日本移民の中には、政府の嘘を見破るどころか、政府の嘘をわざわざ積極的に海外に流布しようとさえしている人もいます。このようにメディアの役割というのは、インターネット化によって一見グローバル化しているように見えながら、世界中にナショナリズムのポケットを作るような結果も生み出しているのです。

カナダで20年間子育てをしていますが、近年はアジア系移民の増加を受けてアジアの近現代史を学ぶ社会科教科「エイジアン・スタディーズ」ができて、高3の娘は取っています。一部の州では州内の大学の学生全員に先住民関係の最低一科目は履修を義務付けています。カナダでは、19世紀後半から一世紀以上続いた、先住民の子を親から引き離して強制同化教育を行い虐待が横行した寄宿学校制度について、21世紀に入り、正式に政府が謝罪と補償を行い、政府の予算で「真実と和解委員会」が被害者の聴き取りと歴史の継承を行っています。政府がこのような姿勢を取っているからこそ、教育課程にも組み込まれるのです。

乗松聡子さん

2018年7月6日、バンクーバー市内で、カナダ連邦議会議員のジェニー・クワン氏(前列右から2番目)が、カナダで12月13日を「南京大虐殺を記憶する日」として定めるよう訴えた記者会見に、日系の一人として参加した乗松さん(前列右端)

 

一方、日本の現状といえば、政府がそのような植民地支配の歴史の総括を行っていません。植民地支配の結果である在日コリアンの人々に対してはとりわけ手厚い民族教育を保障すべきなのですが、逆に無償化や補助金から排除するという差別強化を行っているのは人道にもとる恥ずべき行為と思います。

朝鮮学校無償化除外について、それが不当だと理解するにはかなりの説明と忍耐が必要であると感じています。「北朝鮮」のネガティブなイメージは政府やメディアによって叩き込まれており、これは私の住むカナダなど「西側世界」でも同様なのですが、この洗脳を解くのは容易ではないと感じます。最低限、カナダ政府のような政策を取れる政府を日本が持てるようになることを願いますが、それが実現するまでは草の根で日本人が自分たちの責任として植民地支配の歴史を学び、在日コリアンの人々が安全に尊厳を保ちながら暮らせるような社会を作るように努力していくしかありません。

日本が植民地支配を行い酷い目に遭わせた相手の国だ、どうして分断されたままでいるのかなどについての歴史的背景の知識がないために、上のような差別感や偏見に拍車がかかっているような印象もあります。歴史を知らないのに差別感や偏見だけが引き継がれるというのは、かえって恐ろしいことです。

 

―今、積極的に取り組まれている執筆活動についてお聞かせください。

日本人が、大日本帝国の植民地支配と侵略戦争の歴史と未解決の問題を直視し、アジアの同胞と平和を共に創れるような一端を担いたいと思っています。海外の日系人の立場からも在日コリアンの方たちの民族教育の権利を支持していきたい。また、沖縄から基地をなくし、朝鮮半島に平和をもたらすことは東アジアの平和と脱植民地化にとって喫緊の課題であり、そのためには米国という戦争帝国とそれを支える軍産複合体と闘わなければいけないことを認識しています。そのような問題意識で引き続き執筆、出版活動を続けていきたいです。(おわり)

私と朝鮮

小中学校の頃、西武国分寺線沿いに住んでいて、「電車でチョゴリ姿の朝鮮大学校生を見かけていたが一つの風景としか認識できなかった」という。そんな乗松さんが自身の朝鮮観を問い直された出来事がある。

「ある記事で、日本が植民地支配・侵略した国や地域のうち朝鮮、台湾などは自由になったが、沖縄がまだ支配されたままだ、と書いたことがあり、在日コリアンの友人から批判を受けました。私は、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国という二つの独立国になっているという見方をしていたのですが、それは日本人としては歴史を顧みない無責任な認識だったことに気づきました。日本の植民地支配と敗戦を経て朝鮮は分断され、済州島4.3事件や朝鮮戦争など、冷戦の“熱戦”場とされたのです。戦争も分断も終わっておらず、離散家族が会えず、コリアンへの差別も続いているかぎり、日本人が『朝鮮は自由になった』などと思ってはいけないと…。終わらない植民地主義を終わったこと、なかったことにしてしまう感覚も植民地主義ではないかと思います」

「日本人は、他国に植民地支配され、文化も言語も誇りも暮らしも奪われた経験を持たない。だからこそやられた方の気持ちがなかなかわからないし、私も例外ではない」。複眼で自身を見つめる必要性を感じている。

ジャーナリストの目

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