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川越唐人揃い

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2件のフィードバック

  1. ブラウ より:

    Unknown
    >1655年に第6回朝鮮通信使を江戸で見物した時の様子を日記に書き残し、川越の町人たちに伝えたのが始まり

    ということは、江戸期においてはおよそ2百年途絶えることがなかった、ということでしょうか。だとしたら、これは相当に由緒あるイベントということになりますね。

    そういうイベントが2000年代になってようやく復活したのは大変喜ばしいことだと思います。
    ですが…これがもし「日韓友好」の文脈でのみ語られ、朝鮮共和国とは暗黙の了解で切り離されてしまっているとしたら、それはそれでまた歪なものがあります。そこについては気がかりですね。

  2. より:

    Unknown
    ブラウさま、コメントありがとうございます。
    「川越唐人揃い」が始まった経緯に関してですが、当日配られていたパンフレットの記述によると、川越の豪商・榎本弥左衛門が1655年に江戸で朝鮮通信使を見物し、華やかな行列の感動を「榎本弥左衛門覚書」という日記に書き残しています。その後、1700年頃の川越氷川祭礼では朝鮮通信使の仮装行列である「唐人揃い」と呼ばれる練り物が出されていたということです。川越は朝鮮通信使が通るルートではなかったにもかかわらず、このような行列がかつて存在し、現代に復活して13回続いているというのは特筆すべきことだと思います。
    一方、最後の一行の懸念についてですが、まったくないとはいえず、そのような問題意識は私自身も共有するところです。

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