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ウリハッキョ

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4件のフィードバック

  1. Kim Shirly より:

    Unknown
    7~8年前といえば、「拉致問題」ですでに朝鮮バッシングは絶賛展開中だった時期ですね。そんな状況で、よくウリハッキョに行こうと決心されました。(理)さんご自身ももちろんながら、あなたの思いを汲んでくださった保護者の方にも敬意を表したいと思います。
    経験上、朝高からの編入生がウリマルを習得するのは困難が多いと当方は考えていますが、(理)さんはどうでしたか? 独自の学習法や、日本語の誘惑を断ち切るコツなどがありましたら、差し支えない範囲で教えていただけると、貴ブログ読者さんの参考として広く活かせるかと存じます(個人的にも興味があります)ので、よろしくお願い申し上げます。

  2. (理) より:

    Unknown
    Unknown (Kim Shirly)さま

    確かにいま考えると、その頃も情勢の動きが激しかったですね。正直言うと、当時はニュースも新聞も一切見ない子だったので、単純に周りの環境に疎かっただけです(笑)。うちの両親は色々な感情があったと思いますが…
    私もなかなか苦労はしました。特に朝鮮語文の朗読などは、今も少し苦手です。私は日本語の誘惑はありませんでしたが、会話の面で「この発音(もしくはイントネーション)であってるのかな」という不安や恥ずかしさはありました。文字や文章の面では、部活の先輩との交換日記(その日の練習内容、反省、成果、感想などを書きます)が身になったと思います。できるだけ朝鮮語で書いて、間違っていたり分からなかった表現はその先輩が毎日赤ペンで添削してくれました。1年間そうやって見てくれたのはありがたいですね。あとは1日に20個ずつの単語の小テストと、日常生活との(言葉の)結びつけですね!実際に机を認識して「チェクサン」と言ってみたり、言葉とイメージを共有するというか。私は本当にいい環境で学べたと思います。周りのみんなに感謝です。

  3. Kim Shirly より:

    Unknown
    お返事ありがとうございます。

    そうですか、クラスメイトや先輩方のご協力がかなり大きかったようですね。周囲に良い環境があって何よりでした。
    私個人の視点から「やはり」と思わされたのは、

    >文字や文章の面では、部活の先輩との交換日記(その日の練習内容、反省、成果、感想などを書きます)が身になったと思います

    実は私もウリハッキョに途中編入したのですが、私も(理)さんのような内容で交換日記をやったんです(相手は先生でしたけどね)。
    「自分の腹の底」をそのままウリマルに移し替えて書き記し第三者に推敲してもらう、というのはウリマル習得にあたって非常に効く方法論だと、自分でやってみたこともありあらためて思います。ただし、信頼できる(ハラを割って話せる)相手が必要ではありますが。

    (理)さんはその後朝大で4年間、今度は専攻としてウリマルを学んだのですから、今やかなりの使い手でしょう。これからその能力を活かして、月刊イオの誌面作りに大きく寄与されることを願ってやみません。

    以下は蛇足。
    ブログのコメント欄で別の読者とコメントをやり取りしなければならない時は、基本相手のHNだけ記しておけばOKですよ(私に対しての返信ならば「Kim Shirlyさま」)。
    日刊イオにおける投稿者名のカッコとかタイトルの有無とかは、ブログサービス会社の提供する独自のフォーマットに依存しているだけなので(日刊イオなら「goo」です)。これからお仕事でいろんなブログをごらんになり、かつ情報のやり取りもされるでしょうから、老婆心までに。

    長文失礼いたしました。

  4. かんちゃん より:

    コリアンの方達が羨ましい
    今から、十数年前か、二十数年前か、その位前になりますが、テレビで在日コリアンの方たちのウリハッキョでの運動会のことを放映していたのを見たことがあります。家族や同胞の方たち皆で、食事をしながら楽しそうに運動会に参加していました。日本人の社会では、考えられない結束力です。私はそのテレビを見て、「皆でお弁当を食べながら、和気あいあいとしている。楽しそうだなぁ」と本当に羨ましかったです。私は、今度もし生まれるとしたら、コリアンの方たちのところに生まれたいです。皆で楽しそうな、そして結束力があるコリアンの方達が、本当に羨ましいです。

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