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学校問題

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2件のフィードバック

  1. とある日本学校の出身者 より:

    「正答はない」のでは
    30代後半の者ですが、当方は中~高にかけて非常に強烈なアイデンティティ・クライシスに直面しました。でも成人してから、朝鮮学校に通っていない多くの同年代(あるいはもっと若い人)に聞いてみると、案外あっさり自分の中で折り合いをつけてケロッと暮らしていたりするんですねこれが。

    環境と、自分の意識がどうそこに作用していくかで、大きく左右されると思うんです。環境がうまい具合に整ってても本人がそこにうまくノレない要素があると、クライシスが深刻になるとか。で、その逆もアリと。いろんな組み合わせがあり得るんじゃないでしょうか。

    でも自分の経験上、アイデンティティ・クライシスに一度陥ると同胞の助け無しでは克服しにくいと思いますよ。どんなに理解のある日本人がいても、悩んでる当人からすればしょせん「他人」だから。ボンクラでも「おい元気ねーな、メシ食い行こうぜ」とか気遣ってくれるトンポのニーチャンの方がナンボかましかと。

    ・・・分かりにくいですかねえこの感じ(笑

  2. より:

    相談相手
    「他人」という表現は悲しいですが、ルーツをともにするつながりは、私たちにとって大事だし、成長の過程で必要になってくると思います。人それぞれ、程度の違いはあれ、「クライシス」は訪れるのではないかと…。

    私自身、朝鮮高校時代にコリアンに生まれたことで「将来に壁がある」ことを初めて実感し、暗い気持ちで将来を悩んだことがあります。(その時期は朝高生に大検の受検資格すらなかった)。その際、授業を受けていた歴史の先生が放課後に親身に相談にのってくれ、悩みから脱出した記憶があります。

    その時はさほど感じなかったものの、最近その教師の言葉を何度となく思い返しています。

    社会人になって出会った日本の友人の存在も心強いものです。

    いまだ周りには在日朝鮮人の歴史やルーツを知らない人も多いですが、私たちの存在について率直に疑問をぶつけてくれる人に出会うと気持ちが落ち着きます。「いつ韓国から来たの?」「朝鮮籍って北朝鮮籍?」―。この質問たちが何かにつながっていくのですから…。

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