vol.25 最終回 「人間であること」を証明する番
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イスラエルによるジェノサイドが続く。日本を含むグローバルノース(GN)のメディアでは今も、ハマースによる2023年10月7日の「奇襲」を出来事の起点かの如く語るが、歴史も自国の責任をも無視した曲論だ。これは「ユダヤ至上主義国家」を創ったシオニズム(レイシズム)に組み込まれて来たことであり、ハマースやパレスチナ抵抗勢力による10月7日の越境攻撃は、イスラエルが進めて来たレイシズム政策に対する抵抗だ(奇襲直後にイスラエルが発信した「ハマースの残虐行為」の数々は、実はフェイクニュースだったことが判明している)。
私がパレスチナを初訪問したのは2002年である。イスラエルの戦車や軍用車両が自治区内を行き来し、道路には夥しい検問が設けられ、住民の移動を妨害する。仕事も通学も急病も関係ない。抗議すれば殴られ、場合によっては射殺される。
「拷問」を楽しむのは若い兵士たちだ。自身の父母や祖父母の世代にあたるパレスチナ人を圧倒的な力の差で「いたぶる」のだ。公教育で自国の加害を教えることを禁じるイスラエルで、兵役は若い世代にレイシズムを刷り込む場だった。
失業も深刻だった。占領地の産業を潰し、入植地やイスラエルの底辺労働にパレスチナ人を吸収するのがイスラエルの政策だったが、第2次インティファーダ(2000~05年)以降、イスラエルは労働市場からパレスチナ人を締め出した。先祖伝来の土地を奪った者に雇われ、明け透けな差別の中で、恥辱に耐え働いてきた者たちが、その職すらも失ったのだ。市場に並ぶ青果の数々も入植地産だった。「敵」の生産物を口にしなければ飢えてしまう。占領とは人を日常的に侮辱するシステムなのだ。私はそこに、植民地朝鮮から渡日した、祖父母や曽祖父、曾祖母の姿を重ねざるを得なかった。…(続きは月刊イオ2024年2月号に掲載/定期購読のお申し込みはこちらへ。https://www.io-web.net/subscribe/。