東京大空襲から81年、都立横網町公園で朝鮮犠牲者追悼会
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一晩で10万人以上が亡くなったといわれている米軍による東京大空襲(1945年3月10日)から今年で81年が経つ。2月28日、空襲で犠牲となった朝鮮人を追悼する集会が都立横網町公園(墨田区)で執り行われた。
朝鮮人犠牲者追悼会は今回、第20回の節目を迎えた。
追悼会では、出席者が空襲犠牲者に黙祷をささげた。
朝鮮大学校民族管弦楽部の李碩晙さんの演奏に引き続き、国平寺(東京)の尹碧巌住職が読経を行った。

本追悼会には朝鮮民主主義人民共和国の朝鮮人強制連行被害者・遺族協会から追悼文が送られてきた。朝大教育学部3年の朴莉世さんが追悼文を代読した。
続いて、中道改革連合所属の有田芳生衆議院議員と、立憲民主党・羽田圭二世田谷区議会議員(日朝友好促進東京議員連絡会共同代表)がそれぞれ追悼の言葉をのべた。
大阪空襲75年朝鮮人犠牲者追悼集会実行委員会からの連帯メッセージが紹介された後、本追悼会の主催団体である東京大空襲朝鮮人犠牲者を追悼する会の 西澤清代表(東京朝鮮人強制連行真相調査団代表)の謝辞を東京調査団日本側事務局長の平岡良久さんが代読した。
西澤代表は謝辞の中で、「いま私たちは、初心に帰り犠牲者と向き合い『犠牲者の人間としての尊厳』を取り戻すことから運動を進める必要がある」と指摘。会として、現在続けている調査において犠牲者の名前を一人残らず確定することを目標にしたいとのべた。また、取り戻した犠牲者の名前を読み上げ、現在に刻むことで、これを人としての尊厳を取り戻す第一歩としたいとしながら、「これは日本人民衆もまた救われる道」だと指摘した。西澤さんは、このような取り組みの上に立ってこそ昨年提起した「日本の植民地支配犯罪」「アメリカ・ルメイ・佐藤栄作の責任」「昭和天皇の戦争責任」を明らかにすることができると強調した。
閉会後、献花が行われた。
朝鮮人強制連行真相調査団では、東京大空襲による朝鮮人犠牲者の数を少なくとも1万人と見積もっている。しかしその被害の実態はほとんど明らかになっていない。

追悼会では、今年1月12日と25日に実施された朝鮮人犠牲者に関する現地調査の結果が報告されたた。それによると、江東区森下5丁目13番地(猿江橋横)にある八百霊地蔵尊と、森下5丁目(旧高橋5丁目)で亡くなった789人の名前を刻んだ墓誌を調査した結果、朝鮮人と思われる人が31人いることが新たにわかった。また、町内会長宅に、墓誌に刻まれた犠牲者の名前が記された「高橋五丁目東京大空襲犠牲者俗名録」 (森下五丁目町会、平成27年3月10日作成)が保管されていることも分かった。森下5丁目町内会会館2階には「東京大空襲犠牲者 戦前居住者復元図(旧深川区高橋五丁目) 」があり、ここには、朝鮮人の長屋が2棟(地図には韓国人長屋と記載)あり、その中には墓誌に刻まれていた朝鮮人と思われる空襲犠牲者の名前も記されていた。今後、この31人が朝鮮人かどうか精査する必要があるという。(相)








