江戸末期から続く植民地主義のシナリオ
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企画展「植民地主義2025」関連講演
東京都新宿区にある高麗博物館にて、企画展「植民地主義2025 ミュージアムで考える『わたしたち』の応答可能性」が開催されている。期間は10月8日から2026年3月29日まで。同展の概要は月刊イオ12月号(11月中旬完成予定)の文化ページに掲載される。


展示のようす

館内には、誰でも自由に対話できるスペースも。その際のグランドルールが明示されている
本日の日刊イオでは、企画展と関連して10月18日に行われた講演会の内容を紹介したい。講演のタイトルは「植民地主義とは何か —思想と歴史そして現在」。哲学者の高橋哲哉さん(東京大学名誉教授)が登壇した。会場は満席、オンラインでは100人以上が参加し、テーマへの関心の高さが伺えた。
開始に先立って高麗博物館理事である岩元修一さんがあいさつをした。岩元さんは、2年前に急逝した徐京植さんのお名前を紹介。徐京植さんは亡くなる直前の2023年12月7日に同館の館長に就任していた。その際、今後の活動の課題として3点を強調していたという。
「一つ目、高麗博物館は朝鮮半島に特化しているが、見識は広く捉えた方がいい。例えば中国やその他の国で日本が何をしたか。二つ目、ウクライナやガザのような、すぐには答えが出ないけれど重要な問題について考え続ける姿勢を持つこと。三つ目、若い人と一緒にやっていくこと。きっかけや興味はなんでもいい。若い人への教育につながるような博物館でありたい」
長年、同館の運営に携わってきたメンバーたちは徐京植さんの遺志を継ぎ、今回の企画展を20~30代の若い世代と一緒にいちから作り上げた。岩元さんは、「もしもこの展示を見たら、徐さんはどう思われたかな。きっと喜んでくださったと思う」と語った。
根強く影響を及ぼす吉田松陰の思想
その後、講師である高橋哲哉さんがマイクを握った。参加者たちに配布された資料を参照しつつ、植民地主義という言葉の定義や文脈の解説をしたのち、自身の専門である思想的な観点から日本の植民地主義について話した。
高橋さんは、多くの日本人が「偉人」と考えている歴史上の人物たちが日本の植民地主義に大きな影響を与えた、あるいはそれを推進するような言論を展開したとのべる。福沢諭吉や岡倉天心の名を挙げつつ、講演では主に吉田松陰を取り上げながら説明した。
太陽は昇っていなければ傾き、月は満ちていなければ欠ける。国は盛んでいなければ衰える。だから立派に国を建てていく者は、現在の領土を保持していくばかりでなく、不足と思われるものは補っていかなければならない。
今急いで軍備をなし、そして軍艦や大砲がほぼ備われば、北海道を開墾し、諸藩主に土地を与えて統治させ、隙に乗じてカムチャッカ、オホーツクを奪い、琉球にもよく言い聞かせて日本の諸藩主と同じように幕府に参観させるべきである。また朝鮮を攻め、古い昔のように日本に従わせ(※)、北は満州から南は台湾・ルソンの諸島まで一手に収め、次第次第に進取の勢を示すべきである。
『日本の思想⑲吉田松陰集』(筑摩書房)より抜粋
※ここで書かれている「古い昔のように」は、『日本書紀』における「三韓征伐」という伝承のことを指している
これは『幽囚録』という、吉田松陰が記録した言葉からとった文章の一部(現代語訳)。吉田松陰は地元の山口で、江戸時代末期に松下村塾という私塾をひらき、自身の思想を塾生たちに説いた。高橋さんは「この弟子たちの中から、のちの明治政府の中心人物が続々と輩出され、まるで吉田松陰の思想に従うかのように日本国家はどんどん植民地を広げていった」と強調。
以降も吉田松陰の教えに影響を受け、南進論といった侵略思想を説く本が何冊も出版されたとしつつ、高橋さんは「吉田松陰の文章の中に、その後の日本国家が進んだ植民地主義のシナリオがほとんど書き込まれている」と指摘した。
高橋さんは加えて、「だがこれは戦時中に終わったことではない」としながら安倍晋三・元首相の名前を挙げた。彼は第一次政権時、自身のメルマガにて、地元にある松陰神社にお参りをした旨を紹介している。メルマガ内には「尊敬する吉田松陰先生」との記述ほか、吉田松陰の書物を参照する内容も込められていた。
人間としての尊厳を守るため、歴史を学び行動する
高橋さんは最後に、第二次世界大戦後、各国での植民地主義に対する歴史認識はどのようなものだったかを紹介した。オランダ、ベルギー、フランス、ドイツなど、ヨーロッパの政治家たちが痛切な反省を表明している一方、日本は帝国主義側に回り、反省や謝罪の姿勢を表明していない。奇しくもこの講演がある前日に亡くなった村山富市・元首相が唯一、閣議決定した談話にて「痛切な反省の意」と「心からのお詫びの気持ち」を表明したが、現在まで引き継がれることはなかった。
また、自国の植民地支配について、過去には反省の意を表明したヨーロッパ各国でも極右政党の台頭が進んでいる。高橋さんは「第二次世界大戦後の国際法秩序が崩壊してしまうかどうか、そして植民地主義の歴史認識がひっくり返されるかどうか。今まさにせめぎ合いが起きている」とまとめた。
そして最後に、「原則的な反省の立場に立って歴史を見直していくことが改めて求められている。これを『自虐史観』と言う人もいるが、決して自虐ではない。もっともっと歴史認識を共有し、植民地支配に対する反省的な認識を持つ国を作り上げていかなければならない。過去に過ちを犯したのであれば、それを認めて謝罪するのは人間としての尊厳を守る上で当然のことだ」と言葉に力を込めた。
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高麗博物館の企画展「植民地主義2025 ミュージアムで考える『わたしたち』の応答可能性」は、2026年3月29日まで。会期中、他にもさまざまなイベントが予定されている。開館日やイベント日程など、詳細は公式HPより。(理)
●高麗博物館HP
https://kouraihakubutsukan.org/event/2025syokuminchi/









