7月10日に証人尋問/大阪府泉南市議によるヘイトスピーチ裁判
広告

雨足が強まる中、裁判所に向かう準備をする李香代さん(中央手前)と弁護士ら(写真はいずれも大阪市北区で2025年6月23日、中山和弘撮影)
文:中村一成
「高校無償化裁判の延長戦」
「高校無償化裁判の延長戦」といえる裁判が7月10日、証人尋問という山場を迎える。元大阪朝鮮高級学校オモニ会役員で、大阪市のイベント会社「Try Hard Japan(THJ)」取締役の李香代さん(1966年生)が、大阪府泉南市の添田詩織市議を相手取り、550万円の損害賠償を求めた訴訟である。6月23日、大阪地裁(山本拓裁判長)で非公開の準備期日があり、時間配分など当日の詳細が決まった。
発端はTHJと添田氏との間での民事訴訟だ。「移民問題・外国人投票権」「夫婦別姓・同性婚」などを「日本の危機」とする姿勢や、中国敵視の言動で支持を集める添田議員が、泉南市のイベントを受託しているTHJを「中国系企業」と問題視、SNSや週刊誌上などで「中国共産党がバック」「(公金が)ダダ洩れ」などと攻撃してきた。THJが「事実無根のヘイトスピーチ」として添田氏らを提訴したところ、添田氏は同社役員の李さんを標的にして、X上で名指し投稿を繰り返した。
「ネタ」は朝鮮学校支援と、元死刑囚(再審で無罪)の李哲さんの親族であること。朝鮮学校支援のブログなどから無断引用した写真を張り付け、個人情報を暴く書込みを添えた。批判や攻撃を煽る文言はないが、意図はポストにぶら下がったコメント群が語っている。
曰く「日本ヘイト活動家」「北朝鮮工作員」……。自らのフォロワーに「犬笛」を吹いたのだ。公が率先してきた「朝鮮学校ヘイト」や「北朝鮮フォビア」に便乗し、それを更に煽り立てる。まさに差別煽動(ヘイトスピーチ)である。2024年5月、李さんは提訴に踏み切った。
反差別運動をあげつらう市議
添田氏は裁判で、自分には韓国人の友人もおり、差別的言動をしたことなど一度もないと主張するが、黒人差別研究でいう自己正当化の典型 “私には黒人の友人がいる(だから差別などしない)” そのままだ。
李さんの反差別運動への参加もあげつらう。高校無償化裁判での学校側敗訴などを踏まえ、準備書面では「市民の声」を代弁する形でこうも書いている。「李さんの活動を知れば『外国籍で、日本国民の利益に反するかもしれない補助金再開のために熱心な活動を行っている人物が、泉南市の公金に関わる不正な金の流れを取り仕切る責任者であることなど許せない(……)』等という意見も議論の俎上に上ることはむしろ自然なこととも言い得る」
差別撤廃を求めるデモへの参加は、憲法21条が認める表現の自由の行使だ。それを「反社会的行為」のように言い募る。憲法無視だが、それは被告にとどまらない。裁判所の姿勢も理解不能だ。昨年8月の第一回口頭弁論以降、計8回の期日が入ったが、公開は初回のみ。二回目以降は原告側と裁判官が個室に入り、モニターで参加した被告側代理人と互いの主張を交わす。支援者らは傍聴もできず、報告会場で待機を余儀なくされる。

準備手続き後の集会で弁護士の話を聞く李香代さん(右)
問われる裁判所
憲法には「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」(82条)とある。司法制度の柱「裁判公開の原則」だ。日本の裁判官は時として人に「死」を命じる権力を持つ一方、選挙を経ずに就任する。そんな究極の権力者の振る舞いを監視するほぼ唯一の場が公開の法廷であり、それは司法制度への「信頼」にも直結する。だがこの事件における訴訟指揮は真逆だ。大阪地裁は憲法番外地なのか。あるいはこの裁判体は自分達が憲法よりも上位にあると思っているのか。
「弁論準備」と称して非公開期日とする。そんな裁判官の指揮権限が拡大したのは1998年以降だ。公開期日では双方の主張が噛み合わず、訴訟が遅延することを改善する措置だった。その後のコロナ禍も相まって、今ではオンライン会議形式も広がっている。運用の弾力化は大切だが、今回は「職権」の乱用である。自らの主張や法的根拠、証拠を示したり、争点を整理する準備書面は、双方で計9通に達している。それだけの書面を積み上げてなお「準備」が必要と言うならば、それは交通整理をする裁判体の資質に問題がある。
トップ当選の市議は「公人」
しかも添田氏は昨年の市議選でトップ再選した「公人」である。それが如何なる言動をしているのか、公共性・公益性の観点からも公開の法廷で明らかにされるべきだろう。防衛外交系の有力国会議員との知己を誇示する「有望」な若手議員を衆人の目から守りたいのか。
非公開の常態化はマスメディア報道にも直結する。公開法廷での手続きに乗らない裁判は、メディア記者的には取り上げ難いとの声を聴く(私はそうは思わないが)。公開だった第一回口頭弁論は『朝日新聞』が報道したが、その後は取材もなくなり、報告集会はマスコミ記者参加ゼロを更新し続ける。
報道の根幹である「反差別」に対するメディアの執着の無さには呆れる他ないが、報道が無ければ社会的関心は高まらない。傍聴支援者の動きも鈍る。上ばかりみている「ヒラメ裁判官」が、政治家や高位公務員を法廷に出し渋ることは少なくないが、正直、ここまで酷い訴訟指揮は記憶にない。原告が主張する「プライバシー権」「肖像権」を慮っての人権上の措置ゆえの非公開なのかと、皮肉の一つも言いたくなる。
この中で迎える公開期日が7月10日だ。李さんに加え「北大阪ハッキョを支える会」代表で、訴訟支援団体の発起人の一人、大村和子さんも証人として出廷する。添田氏も尋問を受ける。代理人は「不要」と主張したが、さすがにこの裁判体もそれはあり得ないと一蹴した。
約一年ぶりの法廷は10時に開廷する。尋問に先立ち、原告被告双方からこれまでの準備書面を総括した弁論を行う。非公開で進めて来たのでやらざるを得ないのだ。この日の報告集会で田中俊弁護団長は、「これまでの集大成。プライバシーや名誉毀損はあるが、差別の問題を中心に置いて弁論する」。その後も社会学者や憲法学者の知見を得ながら、最後まで、差別煽動という本質について主張を補充していくと語った。
この間、李さんは若い弁護士らと共に自らの来歴を振り返り、尋問準備をしてきた。
祖父母の渡日と両親の歩み。小学校時代に浴びせられた「臭い」「帰れ」の記憶。ウリハッキョに転校し、自分が自分自身でいられる安心と同胞の温かみを感じたこと。尊敬するオッパ(=お兄さん)が韓国で死刑囚とされた衝撃と、家の暗く沈んだ空気。我が子に民族教育を授けるため、朝鮮学校に補助金が出る自治体に転居したこと。卒業生、親として対峙してきた朝鮮学校差別。逡巡の末、本名で今の会社に就職したこと。市議からの攻撃とそれに対する賛同コメントの数々、恐怖と不安の中でそれでも踏み切った裁判と後押ししてくれた夫と無償化世代の子どもたち。訴訟を支えてくれる会社の同僚や同胞……。
「振り返る中で、改めて思ったのは『なぜ私が?』。やはり自分が一票のない在日朝鮮人だから攻撃対象にされたと思う。だからこそ私一人の問題ではない」「朝鮮学校や李哲のこと。なぜ私が裁判に踏み切ったか、政治家としての自らの言動の罪の重さを分かって欲しい」
大切な発信。現地には行けないが連帯したいです。
他では知らなかった、とても大切な記事です。中村一成さんのご報告に感謝します。