青年劇場第134回公演『三たびの海峡』を観て
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青年劇場第134回公演『三たびの海峡』が5月24日から6月1日まで新宿の紀伊國屋サザンシアターで行われた。
原作は1992年に刊行された帚木蓬生の同名小説。日本の植民地支配下で起こった朝鮮人強制連行・強制労働を扱った名作が舞台化された。
脚本・演出はシライケイタ。青年劇場とのコラボで朝鮮半島と日本との歴史を扱った作品としては、詩人・尹東柱の生涯を描いた「星をかすめる風」に続いて2作品目となる。
舞台は、1992年、韓国で実業家として成功した河時根のもとを、日本からやって来た徐鎮徹が訪ねるところから始まる。実に47年ぶりの再会。鎮徹は、かつて時根が朝鮮半島から強制連行された福岡県内の炭鉱の跡地で、ボタ山を壊し、そこを再開発する動きがあることを伝える。その再開発の旗振り役こそ、地元の市長で、かつて時根の強制労働先の労務係として同胞労働者を次々と死に追いやった山本三次だった。因縁の相手が自らの後ろめたい過去を葬り去ろうとしているのを知った時根は40数年ぶりに海峡(玄界灘)を渡ることを決意する。
そこから物語は1944年にさかのぼる。連行された先の炭鉱で満足に食べるものも与えられず。日常化した暴行によって仲間が次々と命を落としていく。ある日、時根は脱走を図る。命からがら逃げ着いた先で出会った日本人女性・千鶴と恋に落ちる。解放後、時根は身重の千鶴とともに祖国へ帰るが、そこで2人を待ち受けていたのはまたしても過酷な運命だった―。
舞台のタイトルは、時根が日本と朝鮮半島との間を渡ってきた回数だ。1回目は強制連行、2回目は解放後の帰郷、そして3回目が因縁に決着をつけるため。
終盤、時根と三次との対決は、市長選の公開討論会の場で実現する。時根役の吉村直さんが客席後方に座って壇上の三次役の板倉哲さんへ鋭い質問を浴びせる。あたかも、観劇している私たち観客も聴衆の一人となり、公開討論会の場で二人の対決を見守るという演劇ならではの演出で臨場感があおられる。
三次との対決に決着をつけた時根の最後の決断とは―。かれが未来へ残したかったものとは―。
自らの「過去」を消し去ろうとする三次の振る舞いが、歴史を改ざんし、矮小化し。抹消する勢力の姿と重なる。私たちは、朝鮮人犠牲者の声をどのように受け止めるのか。作品のテーマは現代にもその射程をのばしている。
つつじの花が咲き乱れる舞台上で時根と千鶴、二人の息子である時郎の3人が抱き合うラストシーンもよかった。
さまざまな登場人物の中でも印象に残ったのが、戦時中は炭鉱で強制労働を強いられ、解放後も炭坑に残った崔石松。かれは、ボタ山にひそかに作られた墓地で同胞犠牲者の墓石を彫り続けていたのだ。「犠牲者全員の墓石を彫るまでおれはここに居続ける」―そんな悲壮な覚悟を口にするかれもまた、人には言えない複雑な事情を抱えていた―。
休憩時間も合わせて2時間半ほどの濃密な観劇体験だった。(相)