Gとの「冷戦」
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とある深夜のこと。楽しかった食事会の余韻、ほろ酔いの良い気分が一気に冷め切った。
家の掃除は念入りにしていたつもりだが、その侵入経路に心当たりはたくさんあった。夜風が涼しかった先日、割と長い間窓を開けて部屋に風を取り入れた。最近宅配便でダンボールも数個、届いた。あるいは私の出入りと同時に玄関から入ってきたか…
しかも巨大で真っ黒じゃないか。それにほんの少しの光沢。
なんてこった。
もっと最悪だったのが、すぐに見失ってしまったこと。
ああ、確かそうだった。昔、家のダイニングにG(ゴキブリのこと)が出没したとき、悲鳴をあげる私に父は言った、「静かに!」と。(その後は新聞紙で一撃した)
「静かに」すべきだったのだ。
叫び声さえ出なかったものの、自分から出たとは信じられないドスの効いた「ウッ」の声か、あるいは咄嗟に動いてしまったときの振動のせいか、どこかに姿をくらましやがった。
それからは何も手につかないし落ち着かない。
探したくないが探さなければと、恐る恐る家のあらゆる場所に目をやるも、いない。
意味がないと分かっていてもスマホで検索しまくった。
「G 見失った 探す」「Gホイホイ 代用」「G」「G」「G」…
検索履歴に積み重なっていく「G」の文字。なんてこった。自分よりもはるかに小さなGにあらゆる気を取られている。
とにかく憂鬱だった。しかしそれでも朝は来る。翌日も大事な仕事があった。無理矢理にでも横にならなければと眠りについたが、幸い夢にまで出る、ということはなかった。
翌日は見事な晴天だった。
(今日、いい天気だな。帰りにドラッグストアでホイホイを買っていこう)
そんなことを思って別のところへ目をやった瞬間…
寝起きの頭が一気に冴えた。というか叩き起こされた気分?
朝からなんてこった。でも、こうなったからには真っ向勝負。向き合うのが「筋」だろう。
飛び回るか?ひっくり返って暴れるか?… あらゆる想像が頭に付きまとい、なかなか行動に移せなかったが、勇気をふり絞って遂に食器用洗剤を振りまいた。
※殺虫剤がないときは食器用洗剤がいいという。
だがしかし…
全く動かない。
(!?)
拍子抜けしてしまった。そう、すでに弱っていたのだ。
さっきまでの、というか昨晩から続いた憂鬱感はGがいなくなったことによって払拭されたはずなのに、なぜだろう。悔しさというか虚無感というか、なんともいえない感情にしばし身を呑み込まれてしまった。
そんなこんなでGとの「冷戦」(私が一方的に戦っていただけなのだが)は静かに幕を閉じたが、不本意ながらもいっぺんにあらゆる感情を体験した、心身とも忙しい朝だった。
そういやこんな場面は人間関係においても時々ある。取材現場でも。あることないこと気にしすぎて、自分だけ心配したり反省しすぎたりあくせくしてしまうこと。(相手は全く気にしていないのに!)
きっと誰だってそんなときがあるはずだ。
それとこの一連の出来事を比べるだなんて滑稽極まりないのは重々承知だが、とりわけ何であろうと「気を取られる」とは厄介だなと思う。
放っておく。もしかしたらその「何もしないをする」ともいえる営みは、ものすごい強さと優しさの表れなのかもしれない(もちろんできる場合とできない場合がある)。なんてことを考えて、自身の身に降りかかった小さな(?)事件が落着したのだった。
◇◇
さて、人気連載の「暮らしにウリマル」、現在制作中の10月号のテーマは「掃除」だ。かの一件後、床も壁も《반들반들 윤기나게》掃除をした。答え合わせは次号のイオで。たのしみにお待ちいただきたい。
(鳳)