日本の過去清算と証言
広告

県立公園「群馬の森」(高崎市)の朝鮮人追悼碑が群馬県の行政代執行によって24年1月末から2月初旬にかけて撤去(破壊)されてから2年が経つ。
県は日本の加害の歴史を記す追悼碑を撤去することで歴史修正主義(歴史否定)に加担した。撤去の翌年の25年は日本の植民地支配からの朝鮮解放/日本の敗戦から80年目だったが、日本政府もまた過去にアジアの人々に対して犯した過ちと向き合わなかった(石破元首相の「戦後80年所感」も植民地支配の経緯や責任について一言も触れていない)。
群馬の森朝鮮人追悼碑が撤去されようとしていた23年の年末、『検証・群馬の森朝鮮人追悼碑裁判 歴史修正主義とは?』(藤井正希著)という書籍が刊行された。主に裁判の経緯についてまとめたもので、あの時期に関連本が出たということで刊行後すぐに手に取ったが、強い違和感を覚えた。たしかに裁判の経緯は(不足している点があっても)丁寧にまとめられていたが、歴史認識において根本的に考えを異にしていたためだ。
とりわけ「歴史修正主義に抗する!」と銘打った終章。それまでの章で、言論であればどのような主張にも自由を与える米国の「思想の自由市場論」や「パブリックフォーラム論」を持ち出したうえで、終章ではこのように綴っている。
…このような歴史認識の相違にもとづく社会的問題を円満に解決するには、まずは意見を異にする市民、専門家、そして行政が一堂に会して冷静な議論・検証を積み重ねていくしかないと私は思います。この点、「強制連行」や「従軍慰安婦」の問題であれば、さらに朝鮮人の被害者や専門家の参加もあるべきでしょう。しかもそれらはオープンで万人に開かれたスペースでおこなわれなければなりません。その議論は、ときに激しく危険なものになることが予想され、その議論を主導できるのは、やはり行政しかないと思います。…
歴史的に明らかになった事実と歴史否定論者の主張を同じテーブルに載せて議論しようとすることもそうだが、これまで強制連行被害者や日本軍性奴隷制被害者の証言を映像や書籍で見聞きしてきた筆者にとって受け入れがたい箇所だった。たとえ行政(それも日本の行政)が主導したとしても、碑の撤去を望んだ排外主義団体をはじめとする人々がいるテーブルに朝鮮人被害者を呼ぶことがいかに暴力的か。これまで記者や市民らがひざを交えて、積み重ねてきた証言に対していかに不誠実かと思った。

現在市民らの粘り強い努力によって1942年の水没事故の犠牲者遺骨の収容に向けた取り組みが進む長生炭鉱(山口県宇部市の海底炭鉱)では、朝鮮民主主義人民共和国に在住する朝鮮人犠牲者遺族の存在が明らかになった。朝鮮新報2025年8月27日付の紙面上(25日更新の同紙電子版)で初めてその証言が掲載された。
犠牲者遺族の「媒介者」となった朝鮮新報の金淑美記者は、先日都内で行われた集会で、遺族が語る姿から遺族の痛みや苦しみは現在も続いているということ、そしてその声は日本の歴史修正主義に抗うための貴重な証言になるということを改めて痛感したと話した。また、朝鮮に在住する日本の植民地支配による犠牲者とその遺族が非常に少なくなっているとも。

「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」の井上洋子代表は同集会で「遺骨は歴史の生き証人」だと語っている。
いま日本に必要なのは、加害の歴史を明らかにする証言に、遺骨に応答することだ。それが真に「歴史修正主義に抗う」ことになるだろう。犠牲者やその遺族の悲痛な叫びを消費してはいけない。
2月7日に行われる長生炭鉱水没事故犠牲者追悼式に厚労省は参加しないことを22日に明らかにした。
2月から再び始まる長生炭鉱の遺骨収容では昨年8月よりも多くの遺骨が収容される見込みだ。たとえ日本政府が逃れようとしても、現存する追悼碑が、証言が、遺骨が日本の清算すべき過去を何度も何度も突き付ける。(哲)








