年末年始にあったこと、思ったこと
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年末年始の冬休みは、実質的には年末で終わる。人によって感じ方は違うが、「休み」というのを、自分の休息にあてるもの、自分がしたいことをする時間、休みに入る前にやり残したことを休み明けまで終わらせるための作業に充てる時間、ととらえるならそうなる。少なくとも、今の私にとってはそうだ。回りくどい言い方をやめて単刀直入に言うと、「自分自身のために使える時間を捻出できるのは年内だけ」ということだ。
今回は例年になくあわただしい年末年始だった。幼子がいる家はどこもそうなのだろうと思う。幼児に盆や正月はない。大人の都合に関係なく病気にもなるし、本能のままに感情を表出させる。
年末に家族旅行から帰ってきて、1歳の次男が40度オーバーの高熱を出した。解熱剤も効果がない。とっさに、「ああ、これはインフルエンザ確定かな、年始のスケジュールもだいぶ変更になるな、同居家族の外出はどうなるんだっけ、年始の出勤大丈夫かな」というところまで考えがおよんだ。大みそかから元旦にかけての、物悲しくも高揚した何とも言えないあの独特の雰囲気に身を任せることもかなわず、夕食もそこそこに次男の看病に明け暮れた。
そして迎えた元日。この日も対応してくれる医療機関を調べて、朝から次男を連れて行った。もしこれでインフルエンザという診断が下されたら…。祈るような思いだったが、結果は陰性。ほかの感染症についても可能な限り検査してもらったがいずれも陰性だった。とりあえずほっとした。しかし次男は熱が下がるまでしばらく安静が必須なので、夫婦それぞれの実家へのあいさつ回りは私と長男のみ参加とし、次男と妻は自宅でお留守番ということになった。
次男が自宅療養になって、結果的に年始の実家巡りの体力的負担が減ったのは確かだ。6歳長男1人だけを連れて外出するのが楽に思えるなんて皮肉なものだ。
年始恒例の実家巡りは、妻方の家ではある意味、私は「お客さん」扱いなのだが、実家の方はそうもいかない。長男として、正月の一家親族が集まる場をとりしきらないといけない。正月のチェサ(祭祀、法事)もある。
これまでは正月に限らず、法事の場ではお供え用の食べ物は手作りしていたが、ここ数年は最小限のものだけ作ってあとは買って済ませている。実家の高齢の母が体が不自由なこと、家を出た私たち息子、娘たちもそれぞれの予定があり、チェサにこれまでのような手間をかけられなくなってきたためだ。準備に手間をかけることは不可能ではない。しかし、最近ではそれなりの水準のものを買って済ますこともできるのだ。
これでいいよね、大事なのは、先祖を敬うこと、という枠組みなのだから。時間と労力を考えて、お金を出して楽に準備できるならそうしたほうがいい。最近はこんなふうに考えるようになった。いまこんなことを書いている私自身が、これまではチェサの準備で一番大変な料理を作る役目は女性の役目というのを暗黙の前提にしていた(いまもその考えが心のどこかにこびりついている)。
昨年ヒットしたドラマ「じゃああんたが作ってみろよ」ではないが、手作りにこだわるなら私が作ればいいのだ。そうできない(したくない)なら、「チェサの準備はこうあるべきだ」などとえらそうに言ってはいけない。
そんなふうに割り切ると、いろいろと気持ちが楽になった。(相)








