いま、なぜ金泰生文学なのか 『私の日本地図』復刊に寄せて 鄭栄桓
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済州島出身の在日朝鮮人作家・金泰生(キムテセン)の自伝的作品『私の日本地図』をはじめて知ったのは、植民地時代の在日朝鮮人児童について調べていたときだった。金泰生はわずかの期間を除いては小学校に通えず、ずっと町工場で働いていた。その体験がこの本に克明に綴られていたのである。
だが読み進めるうちに、資料探しという当初の目的を越えて、この作品の魅力に引き込まれていった。決して派手ではないが、少年時代の作家を育んだ猪飼野での同胞たちの生と死が澄んだ筆致で優しく綴られている。何より亡き友や縁者と対話し、失われた思い出の地を彷徨するかのようなその作品世界に心を奪われた。そして作品を読まずにきた悔恨とともに、同胞たちにこの作家について知ってほしいと願うようになった。復刊を企画したのはこうした心情からであった…。

このたび琥珀書房から復刊された金泰生の『旅人伝説』(右)と『私の日本地図』(左)
●プロフィール
金 泰生(キム・テセン)
1924年済州島南西部の大静面新坪里にて出生。30年渡日、大阪猪飼野にて暮らしはじめる。45年朝鮮解放後に帰郷を試みるも断念。47年明治大学農学科に入学。48年肺結核と診断され入院。55年頃、療養所を退院。初めての掌篇「痰コップ」を『新朝鮮』に発表。62年より統一評論社に勤務するかたわら、『統一評論』『朝鮮新報』『新しい世代』などに寄稿。72年小田実らの雑誌『人間として』に小説「骨片」を発表。77年初の小説集『骨片』を刊行。78年埼玉文学学校の講師。86年第12回青丘文化賞受賞。同年12月25日、埼玉県川口市の病院で死去(享年62)。著書に『骨片』(創樹社、1977年)、『私の日本地図』(未来社、1978年)、『私の人間地図』(青弓社、1985年)、『旅人伝説』(記録社、1985年)
記事全文は本誌2025年11月号をご覧ください。
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