普通じゃないふつうの子どもと大人
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呉美保監督の新作だから観てみようと思い、必要最小限の情報しか頭に入れず鑑賞した『ふつうの子ども』。腰が抜けるほど面白かった。
『スタンド・バイ・ミー』『ぼくらの七日間戦争』『小さな恋のメロディ』…子ども映画には名作があまたあるが、「新たな傑作が誕生した!」と感じた次第なので、ここで感想を書き綴りたい。
『ふつうの子ども』
監督:呉美保/脚本:高田亮
出演:嶋田鉄太、瑠璃、味元耀大、瀧内公美、風間俊介、蒼井優
公式ウェブサイトの情報をもとに、作品のあらすじをごくシンプルに書き出してみる。
小学4年生の上田唯士は両親と3人家族の、いたってふつうの男の子。最近、同じクラスの女の子・三宅心愛が気になっている。環境問題に高い意識を持ち、大人にも物怖じせず声をあげる心愛にひかれて近づこうと奮闘するが、彼女はクラスの問題児・橋本陽斗にひかれている。唯士・心愛・陽斗の3人はやがて一緒になって“環境活動”を始める。しかしそれは次第に大人たちも巻き込む大騒動へと発展していく―。
ちょっと大人びた同級生の女の子に恋をする小学生の男の子が、仲間たちと大冒険で問題を起こす―。物語はSDGsという現代的なテーマを絡めながら展開されるが、一見するとシンプルな児童映画のようでもある。しかし、そんな単純な作品ではない。
まず、キャストが魅力的。主人公の唯士を演じる嶋田鉄太はなんともいえないとぼけた表情で、独特の存在感を醸し出している。全体的にはほっこりしたコメディ感の強い本作は彼がいてこそ、だろう。他の子役たちも演技にも驚いた。演技なのかなんなのかよくわからないくらいのリアリティがある。どういうふうに演出したら、ああいう姿を撮れるのだろう。
唯士・心愛・陽斗の3人は三者三様の理由で環境問題に関わっていく。あらすじにもあるように、唯士は心愛への恋心と、陽斗への対抗心、そして自分の考えを主張できず周囲につい引きずられてしまう性格のために。はじめに環境問題を訴えた心愛も純粋な正義感や問題意識だけでなく、個人的な理由もあって活動に取り組む。環境活動の言い出しっぺである陽斗もしかりだ。それぞれが抱える事情は終盤にかけてあらわになっていく(具体的なネタバレになるのでここでは書かない)。
子どもたちが始めた「環境活動」は最初はささやかな活動だったが、やがて大事件を引き起こしてしまう。物語は、ほのぼのとしたコメディタッチの強い展開だが、子どもたちの行動がエスカレートしていくところからどんどんサスペンス色が強くなっていく。終盤、子どもたちがやらかしたことについて話し合うため、教師と3者の親子が一堂に会する場面が本作のクライマックス。この場面の緊張感はものすごい。
「未完成な子ども」と「未完成な親」とが三者三様に描かれる。父親の描きかたも含め、その3つの家庭像は現代日本社会の家族の縮図になっているようにも思えた。とくに母親たちのキャラクター造形は印象的だ。「子の親にしてこの子あり」というのは言い過ぎかもしれないが、ともかくこのシーンを通じて、子どもの社会は大人の社会と地続きであり、子どもの問題の背後には親の問題が存在することがわかる。
3人組が始めた環境活動がたどる末路は、大人社会の社会運動のそれをある意味で忠実にトレースしている。この点でも、子どもの世界と大人の世界は地続きなのだ。この作品がただの子ども映画で終わらない深みを持っている所以だろう。
子どもたちが訴えた環境問題は、訴えた動機に不純なものが含まれていたとはいえ、教員や親を含め登場する大人の誰もがそれを正面から受け止めなかった。変化を拒む大人たち、完璧であろうするがかえって不完全さを露呈する親たち、そして後先を考えず突っ走る子どもたち。最初は親の目線で「子どもってかわいいなあ、バカだなあ」と見始めたのに、いつしか子どもの頃を思い出して、最後は子どもから眼差される大人として映画を観ていた。
子どもは、エネルギッシュで、無邪気で、無軌道で思慮が浅く、そして残酷だ。それも含めての「ふつうの子ども」なのだ。理より感情を優先する。それは確かに幼稚だが、「子どもってそうだよな」と自分の子ども時代を振り返ってそう思う。加えて、人間って大人も含めてそんなもんだよな、とも思う。
どこにでもいる「ふつう」の子どもたちが織りなす、決して普通ではない日常。その日常を通して見えてくる世界の複雑さ。大人の目線からではなく、子どもたちの目線からこの世界を捉えた本作には、世代を超えた普遍的な問いが映し出されている。
本作を鑑賞したのは平日休みの日。午後の早い時間に映画館の暗がりの中で1時間半あまりの間、40年前にタイムスリップし、子どもに戻り、親になり、そして大人と子どもの間を何度も往復した。そんな映画鑑賞体験は久しぶりだった。心を揺さぶられる作品を名作とするなら、本作は間違いなく名作だ。
重層的な見方が可能な作品なので、観た人と一緒に感想を語り合ってみたい。(相)








