日常化する破壊と収奪―『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』を見て
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(C)2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA
『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』
監督:バーセル・アドラー、ユバル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール
2024年/95分/ノルウェー・パレスチナ合作/配給:トランスフォーマー
2月21日より公開中
ヨルダン川西岸のパレスチナ人居住地区「マサーフェル・ヤッタ」。そこで生まれ育ったパレスチナ人青年バーセル・アドラーはイスラエル軍による占領と破壊が続く故郷のようすをビデオカメラに収め、世界へ向けて発信してきた。バーセルのことをインターネットで知ったユダヤ人青年のユヴァル・アブラハームは、かれに協力するためにイスラエルからやってくる。そんな若き2人のジャーナリストが2019年から23年までの4年間にわたり現地の状況を記録したのが、現在公開中の『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』だ。今年度のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門を受賞した本作は、いま必見の映画だといえる。
観るのに覚悟を要する作品だ。スクリーンには、パレスチナ人が昔から暮らす村を「軍の訓練場」だと称し、村人を追い出しにかかるイスラエル軍とイスラエル人入植者たちの暴力が延々と映し出される。ブルドーザーで住民の家を容赦なく破壊する。新しく家を建てる許可も与えず、無許可で建てたらそれもブルドーザーで破壊する。泣き叫ぶ子どもたちにお構いなく学校も破壊する。水道管を切断し、井戸もコンクリートで埋めてしまう。住人がいくら抗議しても聞く耳を持たず、強制的に排除する。抵抗者は銃で撃たれる。家を失ったパレスチナ人たちは洞窟での生活を余儀なくされる。「他に土地はないの。ここだけ」。ある女性が絞り出した言葉に胸が締めつけられる。
「全部撮ってるぞ!」「引き下がらないぞ。ここはお前らの家じゃない!」
彼我の圧倒的な力の差の中で、バーセルたちはビデオカメラを「武器」に抵抗を続ける。撮影した映像をインターネットで拡散し、世界にイスラエルの暴虐を訴える。銃を構えた兵士が迫り、入植者たちが石を投げつけてくる中を必死に逃げながらも、カメラは止めない。ブレた映像がかえって現場の緊迫感を伝える。
本作はパレスチナが置かれた境遇を観る者に容赦なく突きつける。撮影は23年10月が最後だ。ラストもショッキングなシーンで締めくくられる。一方で、バーセルとユヴァルが両者の立場の違いを超えて対話を重ねながら発信を続ける姿は一縷の希望を届けてくれる。
本作はパレスチナ人2人、ユダヤ人2人の4人が共同で監督をつとめている。日本時間3月3日に行われた米アカデミー賞の授賞式で共同監督の一人、ユヴァル・アブラハムはこう訴えた。
「パレスチナ人とイスラエル人がこの映画をつくったのは、一緒であれば私たちの声は強くなるからです。…民族的優位性のない、パレスチナとイスラエル、両国民の国家的権利を伴う政治的解決策があります」
そして、「私がいま立っているこの国の外交政策がこの道を阻んでいると言わざるを得ません。なぜでしょうか?」と米国の外交政策が問題の解決を阻んでいると批判した。
本作の日本公開後、いくつかの動きがあった。アカデミー賞受賞のことはもちろんだが、同作の共同監督の一人、ハムダン・バラル氏が3月24日、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸でイスラエルの入植者らから暴行を受けたうえ、イスラエル軍に連れ去られたと報じられた。同氏は一夜明けて釈放された。
今回の事件はオスカー作品の共同監督だから大きなニュースになったが、同様のことは一般のパレスチナ人にも毎日のように起こっている。
先日はイスラエル軍のミサイル攻撃を受けて、ガザ在住の朝日新聞通信員マンスール氏が亡くなった。
占領行為とはこういうものか。本作を見終えて、現地のあまりにも絶望的な状況に言葉を失ってしまう。(相)
※月刊イオ4月号掲載の記事に加筆・修正しました。