考・高校無償化新制度
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「無償化」の陰で置き去りにされる子どもたち

こども家庭庁HPをキャプチャ
来る4月、既存の高校無償化制度を拡充した「高等学校等就学支援金新制度」、いわゆる高校無償化新制度が施行される。所得制限を撤廃し、公立高校に年額11万8800円、私立高校に年額45万7200円をすべての生徒に支給するもので、日本政府はこれを「経済状況にかかわらず、希望する教育を受けられる社会の実現」と位置づける。2月27日に改正法案を閣議決定し、与党が衆参両院で過半数を占める状況下、年度内の成立はほぼ確実だ。
だが、その「すべて」という言葉を、額面通りに受け取ることはできない。なぜなら、制度が掲げる「すべての生徒」とは、この社会で学ぶすべての高校生を指してはいないからだ。
そう、インターナショナル・スクールやブラジル学校、そして朝鮮学校など、法律上「各種学校」に分類される外国人学校は、制度の対象から除外されるのだ。今回、外国人学校には「別途支援策」が設けられるが、これは法律による権利保障ではなく、毎年の国会審議で左右される「予算事業(補助金)」にすぎない。しかも所得制限(年収目安910万円未満)と在留資格の条件までつく。これが「支援策」の実態だ。一般の高校生が「法律に基づく権利」として支援を受ける一方、外国人学校の生徒への支援は「その年の予算次第」という不安定な枠組みにとどまる。
さらに深刻なのは、朝鮮学校への対応といえる。旧制度では外国人学校が無償化の対象に含まれる中、当時の安倍政権が「拉致問題に進展がないこと」などを理由に「国民の理解が得られない」として省令改正の暴挙に出た。当初、文部科学省の省令には、朝鮮学校を指定するための規定(いわゆる「ハ規定」)があったが、当時この規定そのものが削除され、2013年に朝鮮学校だけが制度対象から外された。これが高校無償化制度だった。
そうした旧制度の系譜を継ぐ今回の新制度では、まず外国人学校が制度本体から切り離され、さらに新設される別途支援策も「旧制度の対象校」に限定される。
つまり、朝鮮学校は旧制度の時点で既に除外されていたため、結果として制度本体からも「支援策」からも排除されるという二重の排除構造が、今回の改正によって築かれることになる。
だが、そもそも各種学校の認可には、校地・校舎面積、教員数、教育内容の妥当性等について厳格な審査が伴う。日本政府は、このような厳正な審査を経て、都道府県知事が「公的な教育機関」として認めた学校であるという前提を、もはや前提としていないのだろうか。
公的に認められた学校で学ぶ子どもたちの教育権は、外交の駆け引きに使われる道具ではない。また納税者として等しく義務を果たしている住民の子どもが、その「公的に認められた学校」で学んでいるのであれば、「子どもの学ぶ権利」を最優先して等しく支援すべきではないのか。
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本誌は1月号より連載「まだ終わっていない~高校無償化除外の痕跡」をスタートさせた。高校無償化からの朝鮮学校除外15年に際して、過去に朝高生637人を対象に行ったアンケートを基にした同連載の3月号(第3回)では、朝鮮学校に通う生徒たちの日常的な被差別体験が赤裸々に紹介された。
「電車の中で朝鮮語を喋ったり教科書を読んでいると周囲の視線を感じる」
「学校ジャージを着ているとジロジロ見られたりコソコソ何かを言われる」
「初級部低学年の頃、通っていた学童に遊びに行ったら『朝鮮人は来ないでくれ』と言われた」
「サッカーで全国大会に出た時、『名前を変えた方が君のためだ』と言われた」
SNSはもちろん、政治家や官僚による差別発言は後を絶たない。そうした空気の中で、今回の制度改正はどんなメッセージを社会に送ることになるのか。国家が特定の学校の子どもたちを制度の外に置き続けることは、差別を「公認」することと何が違うのか…。「国民の理解が得られない」という言葉を盾に朝鮮学校を排除し続けることは、子どもたちを取り巻く差別の空気を、国家の側から補強することにほかならない
2月2日付の朝日新聞社説は、昨今の高校無償化制度についてこう見解を示している。
「何が公平かの共通理解を、改めて作るべきではないか。例えば私学まで所得制限をなくす高校無償化は、皆が恩恵を受ける点で公平だが、新たに対象になるのは中間層以上。困窮層への支援を加えないと格差が広がるとの指摘もある」
しかし、この問い自体がすでに公平の意味を見誤っていると筆者は考える。社説が描く「公平」とは、同じスタートラインに立ったもの同士の話だ。だが現実はそうではない。朝鮮学校に通う子どもたちは、制度が「公平」を語る以前の段階から、そのラインに立ってさえいない。
一方、この国に住む人々は、国籍を問わず消費税も住民税も等しく負担していることも忘れてはならない。
今年4月からは健康保険料に「子ども・子育て支援金」が上乗せされ、もちろん外国籍の住民からも徴収される。義務は等しく課しながら、権利の側では特定の子どもたちを排除する—その構造のどこに「公平」があるのか。
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2023年、当時の岸田政権は、「こどもまんなか社会」という目標を達成するための具体的な手段として、高校無償化新制度を打ち出した。このスローガンに込められた意味は「すべての子どもを社会全体で支える」というもの。しかし、いま一度立ち止まって考えてほしい。社会の支えからもれている子どもは居ないかと。この度の教育支援は一体誰のためのものなのか―。
朝鮮学校に対し、2重の排除構造を築こうとする日本政府への憤りを込めて訴えたい。
目に前にある矛盾と理不尽さに気づきながら、見て見ぬふりを続ける社会。怒ることを忘れ、声をあげることをためらう社会—。制度の不公正は、そうした沈黙の中で着実に積み重なっていくと。
(賢)








