母校の卒業式で
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母校・東京朝鮮中高級学校高級部の卒業式は今年で3回目だった。
ときに暑さを感じるほどの晴天の日、88人の卒業生が母校をあとにした。
式では、生徒たちの小学生時代の写真が流れる場面があり、関東だけではなく、東北、愛知、茨城などの学校のものもあった。かつて通っていた学校に高校がなくなった生徒もいる、と気づく。式では病で帰らぬ人となった生徒の名前を校長先生が読み上げる場面もあり、この日を迎えられなかった親御さんの無念を思った。
卒業式は1時間半。
30分の休憩を挟んで卒業生による芸術公演が始まった。最初の演目は合唱と舞踊「万豊年」。同胞社会で長年愛されてきた作品が卒業式の定番となってきた。
9人の舞踊手たちを元気づける力強い歌声。この名曲を歌い上げるのも簡単ではない。隣に座っていた2世が「ウリハッキョに通ったから、歌えるんだよね」と感心している。3歳、6歳から民族のことばと文字、文化を学んだ集大成がこの歌声、踊りだと感じた。
思えば「学校」という場がなければ、私はこの歌も、踊りも目にすることができなかった。チャンダンに血が騒ぐこともない。
ハッキョという「磁場」がなければ、さまざまな背景を持った子どもたちが出会うことも、日々を過ごすこともできなかった。卒業の日に、親としてこのありがたみをかみしめる。
自分がありのままで居られる場所。ルーツを受け止めてくれる場所。人生の土台を培ってくれる場所。朝鮮人に育ててくれた、ふたつとない学び舎、無二の仲間たち。

東京朝鮮中高級学校オモニ会が卒業式の前日にプレゼントしたお弁当(写真も)
今年10月に、創立80年を迎えるという母校の卒業生たちは2万3000人を超えると校長先生の学事報告にあった。
これからも一人でも多くの子どもたちが、この場で出会い、心を育んでほしい。そして、この学校が、ここで学んだ子どもたちがいつでも戻ってこられる場であってほしい。
ありがとう、ウリハッキョ。
日本各地の朝高卒業生たちへ。
きみたちに、幸せな未来が広がることを願っています。(瑛)









