12.新潟
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「ウリハッキョはなくせない」
―懸命に声を上げ実践する
雲ひとつない快晴の日曜日。この日は「ミレフェスティバル」当日。朝・日の市民らが文化を通じて交流を深めることを目的に1994年から始まり、17回目を数える伝統ある行事だ。新潟朝鮮初中級学校(新潟市)には同校児童・生徒、保護者や地域トンポ、卒業生、日本市民など、約1000人が足を運んだ。
朝鮮料理やドリンク、ゲームコーナーなど会場にはさまざまなブースが並ぶ。女性同盟やオモニ会メンバー、オモニ会OBらが元気な声で販売にあたっていた。新潟初中と行事を共催した「朝鮮学校を支援する新潟県民の会」メンバーの姿も目立つ。
「県民の会」は、新潟初中の保護者たちが中心となり開いた朝鮮学校の処遇改善を求める集会に、日本市民らが参加し強い問題意識を持ったのがきっかけで1994年に結成された。以後、朝鮮学校への変わらぬ支援を続けている。ミレフェスティバル終了後には打ち上げが開かれ、日本市民から新潟初中へ支援金も手渡された。
トンポ一人ひとりとの関係大切に
日本市民らの理解と支援が新潟初中にとって大きな支えとなっている中、トンポたちは切実な声を上げている。
「一番上の子がハッキョに入った時は全校生が100人以上いた。あっという間に50人、30人と減っていき、現在は9人。ハッキョで何か行事があっても顔を出すトンポはいつも決まっている。ハッキョとトンポが繋がらないと、新しい保護者も増えていかない。コミュニティに引っ張ってくる力が少ないのがもどかしい」。こう話すのは、オモニ会の櫻井瑞子会長(50)だ。
新潟県青商会の朴成仁会長(40)は、「新潟青商会はまだ力が弱い。ハッキョに足を運ばない会員もいる。『人数が少ない』『学費が高い』と文句が出ることもよくある。実際にハッキョを訪れて、子どもたちの姿を見るだけでも理解は深まるはず。今はフットサル大会などを企画して、少しずつ交流を広げている」と現状を語った。
「新潟県は在日朝鮮人にとって歴史ある地。『万景峰92』号が往来していた頃は日本各地からトンポが集まり、地域経済も回って賑やかだった。良い時期を知っているからこそ、現状に失望しているトンポが多いのでは」。新潟初中に赴任して1年半を迎える韓永校長(52)は、新潟トンポ社会を見つめてこうのべる。
新潟初中を取り巻く状況や、コミュニティ内部に向けられる新潟トンポたちの眼差しは悲観的な部分が少なくない。しかし、地域での民族教育とトンポたちの集いの場を守ろうと実践する姿はあちこちで見られる。
登山愛好家たちによる「걷자회(歩こう会)」の他、「敬老の日」に際して高齢のトンポたちの集いを持つなど、交流の場を設けている。新潟には青年同盟の専任活動家がいないが、新潟初中の教員が責任者を受け持ち、若い世代のフォローも地道に続けている。