ブログ 日刊イオ

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韓東輝先生との思い出

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先日、同胞美術界で大御所の韓東輝先生が亡くなられたとの訃報が入った。
(※コロナウイルスが原因ではありません。)
訃報を聞いたときは涙がとまらなかった。
私は学生時代よりも、
イオ編集部に配属されて社会人生活を送っているときのほうが、
より韓東輝先生と関わることができた。

 

2014年に連載した「1世をキャンバスに」。
在日朝鮮人1世を描いた絵を作者の思いとともに紹介する連載。
2014年8月号で韓東輝先生を取材することに。
取材をする記者とともに、写真担当でご自宅に伺うことができた。
お家には沢山の先生が描かれた絵やご家族の写真が飾られていて、
でもきちんと整理整頓もされていて、
先生のお人柄が垣間見れるようだった。

 

取材が終わったあとも、
東京朝鮮中高級学校が都立だった時代のアルバムを見せて頂き、
貴重な話を沢山聞かせていただいた。
最後には皆で記念写真も撮ることができた。

 

取材日の数日後、
韓東輝先生のサモニム(奥様)から手作りのティシュ入れが届いた。
そのお心遣いがとてもうれしくて、写真とともに大切にとってある。

 

直近で取材でお会いしたのが、
2017年1月号の特別企画「ソルナルの楽しみ」の企画で
カオリヨン(朝鮮凧)とチェギの作り方を教えていただいた時だった。
私は写真担当で同行できたので、編集長とともに出向き、
東京朝鮮第1初中級学校の美術室でイチから作っていただいた。

 

一応用意した木材はあったのだけど、これじゃちょっと違うかなということで、
美術室に偶然あった竹をその場で割って
あっという間に凧の骨組みに使えるように整えてくださった。
その手さばきは、本当に貴重なものを見ているようで、
ただ見ているだけでもワクワクした。

 

糊もスティック糊もよくないよ、
やはり昔ながらのでんぷん糊が付きやすいし長持ちするよ、と教えていただいた。
途中、部活に来た美術部員たちも興味深々で覗いていた。
カオリヨンとチェギを作り終えて、試しに生徒たちに飛ばしてもらった。
その光景を見ながら、先生は、
「昔はよくケンカ凧をしたよ」と故郷での思い出を話してくださった。
ケンカ凧をする時に相手の糸をねじり切る為に、自分の糸に砕いたガラスの粉をつけたもんだ、と
懐かしそうに話してくださった。

 

訃報を聞いて、私たちの同期のラインでは、
上記のような韓東輝先生の話がしきりに流れていた。
各地、様々なところで、朝鮮凧の作り方を教えられていたようで、
先生の教えを伝えていかないとね、という話もでていた。
そのやり取りをみながら、イオの紙面で、韓東輝先生の作り方を紹介できたことは、
本当に貴重なことだったということを改めて知った思いだった。

 

と同時に、韓東輝先生が、晩年も精力的に作家活動をしながら、
朝鮮凧の作り方を教えるために各地に出向かれていたことを知り、
先生の想いを改めて感じた。

 

また過去のイオを引っ張り出して、
改めて、韓東輝先生の想いを巡ろうと思う。

 

ご冥福をお祈り申し上げます。(愛)

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