めまぐるしい日々だった12月号工程
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2025年12月号工程が終盤の今日。12月号工程期間は朝鮮新報社80周年記念行事の準備などもあり、いつにもまして目まぐるしい日々だった。加えて新年度リニューアル号のための準備もあり、少し気を抜こうものなら何がなんだかわからなくなるほどの久々の混乱ぶりだった。
私は10月24日に行われた朝鮮新報社80周年記念祝賀宴会の展示ブースの責任者を担当したのだが、(仙)さんや(麗)さんはじめ、優秀なメンバーたちと上司の支えのおかげでどうにか形になり、心底ホッとした。
展示準備というものは、朝鮮大学美術科研究生以来だ。忘却の彼方にある記憶をどうにかたぐりよせ、皆と協議相談しながら、形にしていった。私がワーキングマザーということで、めいっぱい仕事出来る時間が限られるなかでの諸々が中々きつかったが、皆とひとつのものを形にしていく過程は、自身もすごく勉強となるものだった。
それらが無事終わったあとは、12月工程締切に向けた作業に邁進。
最終回となる連載もいくつかある。それらには文末に(おわり)と付けたり、連載タイトル横に「最終回」と付ける。その作業をすると、(あー今年も終わっていくな…)と実感するのである。
さて、怒涛の工程を終えたあとは、自身へのメンテナンスもしようと思い立った。工程終盤めまいがして具合がよくなかったこともあり、保険で脳のMRI検査をできる病院に週末は行ってきた(2023年に肺炎で入院して以来、自身への健康を過信してはダメだと思っている)。結果は何の心配もなく、お医者さんからは「脳は全然だいじょうぶ、老化もしていない。何の問題もないし、何もなければ2~3年は検査しなくとも大丈夫でしょう」と言っていただき、一安心した。
12月号締切を終えるとともに、リニューアル号の準備がまた慌ただしく始まる。
来年は月刊イオが30周年を迎える年。
それにふさわしい誌面を皆様にお届けできるよう、色々と準備中。まずは編集する自分たちが、健康にも留意し、楽しみながら作っていければと思っている。(愛)










