横浜初級「校舎お別れ会」へ
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1月31日、横浜朝鮮初級学校の「校舎お別れ会」に行ってきた。

同校の前身である横浜朝聯初等学院は、1946年2月25日、横浜地域にあった国語講習所を統合する形で創立された。以降、移転や改称、「朝鮮人学校強制閉鎖令」による解散などを経て現在の校舎になった。
約60年にわたって子どもたちの成長を見守ってきた校舎だが、老朽化を受けて解体の運びに。1月10日からは「校舎自由見学期間」として、卒業生、元教員、保護者、子どもたちが足を運びお別れを告げた。

お別れ会では、校長による報告、児童らの手紙朗読、合唱、卒業生の発言があった。今後は、隣接する神奈川朝鮮中高級学校の校舎内に移り、この場所は人工芝のグラウンドと、子どもたちが遊べる区域になるという。

長い年月そこにあった校舎がなくなる気持ちとはどのようなものだろう。自分の母校を思い浮かべて悲しくなったりもしたが、いまここにいる同胞たちの気持ちとは比べようもないだろうと思った。
卒業生の方が惜別を込めて、むかし習ったウリノレを一人で歌った。途中で声を詰まらせて歌が止まったかと思うと、とっさに児童たちが続きを歌い始める。重なった声が静かに響いていた。

お別れ会の最後に、グラウンドに出てドローンでの撮影が行われた。児童、そして神奈川中高の生徒たちもやってきて空にたくさんの風船を放つ。その後、校舎横に控えていた重機が、実際に校舎の一部を解体した。
滅多に見られない場面、同胞たちがスマホを持ってそちらの方を向く。私もつい急いでスマホを取り出し動画を撮ってしまったが、「この校舎を建てるために無数の同胞たちがお金を集め、出来る限りの労力を注ぎ込んできたのに野次馬的だっただろうか」と少し反省した。
「校舎の解体も、民族教育継承へのひとつの段階です」、校長がマイクで呼びかけていた。(理)








