日・朝友好展へ
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先日、横浜市民ギャラリー3Fで開催されていた「第62回 日・朝(コリア)友好展」へ行ってきた。
パンフレットによると、第1回目は1960年。パンフレットには、同展の趣旨について「日本人と在日コリアンとの友好と文化の交流を願う市民レベルの展覧会です」「芸術上の立場や思想信条の違いを越え、友好と連帯がますます発展されていくことを望みます」とあった。運営委員には同胞と日本の方々が同じくらいの割合で名を連ねている。
絵画、書芸、写真、詩歌、工芸…。そして朝鮮学校の児童生徒による絵画・工作まで、さまざまな作品が展示されており見応えがあった。どれも味わい深かったが、このブログでは児童生徒たちが手がけた作品のうち、個人的に特に面白いなと感じたものを紹介したい。
タイトルは「ネコとドラゴン」。大きさがまったく異なる二つの対象を並べた発想の面白さもさることながら、影を描き込む細かさに心をぎゅっと掴まれた。これによってドラゴンとネコの大きさが引き立つし、対等な力量で向き合っているという迫力が生まれる。いちばん多くの労力と時間をかけたのではないだろうか、ドラゴンがかなり凛々しく描かれている割に、全体の雰囲気はどこかほのぼのしているのも良い。左下に突然あいている穴にも興味をそそられる。
まず、右列の上から二番目の絵にパッと目が留まる。タイトルは「우리는 보고있다(我々は見ている)」。彩度の違う青がぎゅっと密集しており、そのすべてに目がついている。タイトルも相まって、見ている者に何かを感じさせる。後ろめたさか、興味深さか。見る人の立場によって変わってくるかもしれない。そこから視野を広げてみて、「目」をモチーフにした作品が多いことに気がつく。さらに「耳」「口」「鼻」といったモチーフもある。顔についているパーツを使って絵を描いてみましょうという課題だったのだろうか。描く人によってここまで表現が変わってくるのだなと新鮮だった。
躍動感のある下の絵に目が引き寄せられた。タイトルは「도마도의 꿈(トマトの夢)」。滅茶苦茶に投げられ、飛び交い、潰れて中身が弾ける無数のトマトたち。これは悪夢なのだろうか。それとも投げている方が実は擬人化されたトマトで、初めて持った肉体で思いっきり「投げる」という行為を楽しんでいる爽快な夢なのだろうか。中央の人物の仕草(がに股で、目にもとまらぬ速さで右手を振りかぶっている)、そして映える青い洋服もすてきだ。
どれも独創的で、クオリティが高く、色づかいが鮮やかで見惚れてしまう。その中でも一見シンプルな、右下の作品に惹かれた。タイトルは「モデルをしてくれた1年生」。5年生の児童が描いたものだ。床の木目、子どもたちが「座っている」ようす、首を傾げたり、姿勢を正したり、にっこりしたり。モデルをしてくれた子たちを一生懸命に描くという丁寧さが伝わってくる。背景だけ鉛筆(?)で薄く描かれているのも意外とすごい。感覚的にそうしたのか分からないが、これだけで1年生たちの姿がぐっと前面に浮き出てくる。
中学生の作品。年代が上がるにつれ、深遠で不思議、簡単には理解できないようなイメージの作品が増えたように感じられた。笑ってしまったのは右列の上から2番目、「축구부 에스 순(サッカー部のエース、スン)」。並んでいる5人のうち、一番左の生徒だけ顔まで色が塗られている。その子が「スン」だろうか。右側に並ぶ4人は、まるで描き写したように同じ顔をしている(実際、顔の部分にはトレーシングペーパーのような紙が貼られていた)。スンのようになりたいという憧れを描いたのだろうか。そしてその中でも序列があるのだろうか。右に行けば行くほどトレースが雑になっていく。タイトルも構図もとてもユニークだった。
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冒頭で紹介したパンフレットの冒頭には、神奈川県知事と横浜市長からの祝賀メッセージも掲載されていた。後援にも、神奈川県と横浜市、そして横浜市教育委員会(ほか新聞社など)が名を連ねている。趣旨文にあったように、「市民レベルの展覧会」が60年以上も続けられ、こうして行政の後援も得ているのはすごいことだ。
関係者は毎年、実際に足を運んでくれているのだろうか。朝鮮学校に通う子どもたちののびのびとした表現、友好と共生を願う大人たちの切実な思い。直接ここに来れば間違いなく感じられるはずだ。どうかただの展覧会としてではなく、県が掲げる「多文化共生の地域づくり」につながる市民たちの実践の場として、来年以降も新鮮なまなざしで見てほしいと思った。(理)