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社会

社会に関する 132 個の記事をリストしました。

3.11から3年 震災と同胞社会

東日本大震災が起きた時、在日同胞社会の「相扶相助」の精神は
被災地の同胞たちに多くの力を与えました。しかし3年が経った今、
被災地の現状をどれほどの人が知っているでしょうか。
被災者の思いをどれほど想像できているでしょうか。
ともすれば被災地から距離がさらに遠ざかっていくかもしれない、私たち。
今、風化することのない思いを、もう一度被災地へ――。

「常識」を覆すたたかい~vol.15 就職・職業差別の是正

戦後、在日朝鮮人に対する就職差別は「常識」だった。公的機関による外国人排除の論理は民間における国籍・民族による就職差別を助長し、在日朝鮮人の職業選択の自由は侵害され続けた。その傾向は現在においても根本的に是正されていない。   大企業の差別明らかに   就職差別に一つの風穴を開けたのは1970年代の「日立就職差別裁判闘争」だった。 70年8月、愛知県在住の在日韓国人2世・朴鐘碩さん(当時18歳)は日立ソフトウェア戸塚工場の採用試験を受け合格したが、戸籍謄本の提出を求めた会社側に対して在日朝鮮人であると告げたところ、一方的に採用取り消しを通告された。朴さんは同年12月8日、解雇の無効と慰謝料などを求めて横浜地裁に提訴する。  

Vol.3 初級部3年~理科、社会が登場、科学的思考を育む

金成哲 ●京都朝鮮初級学校教員     「見えない学力」の重要性 ウリハッキョ(朝鮮学校)の初級部3年生は低学年の長である。1、2年生に比べ体も大きく精神的にも優位に立つ。リーダーになりたがり、集団を仕切ることに非常に興味を持つので、役割を与えると進んで動こうとする。幼稚園児の世話も大好きで頼りになるが、まだまだ自己中心的な思考の中での行動が多く、失敗や争いごとが絶えない。 「ギャングエイジ」と言われる3年生は好奇心も旺盛、何でもやりたがる元気者で、落ち着きなく見えることがある。親や教師にちょっとした反抗をみせたり、いたずらや意地悪をしたり、秘密の世界を作ったりと今までにない言動をする。大人が戸惑ったりもするが、自立心の芽生えと知り、ある程度自由に遊ばせながらもけじめをしっかりとつけ、善悪の区別をはっきりと考えさせることが大切だ。頭ごなしに叱りつけたり、長々と説教したりすることは子どもの思考停止や無気力感を招いてしまう。大切なのは子どもの言い分をしっかり聞いて受け止めること。これによって子どもは自分の存在価値を認識し、自己肯定感を持つようになる。  

同胞就労事情のいま

世間では本格的な就活シーズンが始まっています。
就活生の皆さん! 希望の就職先は見つかりましたか?
就活生に限らず、就労はすべての人にとって
価値観や自己実現につながる一生の問題。就職難民、格差社会、
低所得、非正規雇用、フリーター、派遣切り、ワーキングプア…、
低迷する日本の労働市場で、私たち在日同胞の就労事情は、
どう変わったのでしょうか?

当たり前に本名を名乗れる社会を~vol.14 民族名をめぐるたたかい

在日朝鮮人の多くは本名である民族名のほかに「日本名(通称名)」という2つの名前を持って生活してきた。朝鮮人差別が根強く残る中で、ある者は民族名を名乗ることに不利益を強いる現実に抗い、またある者は奪われた名前を取り戻すたたかいに立ち上がった。   「通名」を強いる社会 在日朝鮮人が「通名」を使用するようになった歴史的背景に、日本の植民地支配下において行われた、朝鮮人の姓名を日本式の氏名へ変えさせるという「創氏改名」政策がある。 1945年の解放後も日本に留まった同胞の多くは引き続き日本式の「通名」を使用した。差別・偏見が根強い社会で民族名を使うことによる不利益を避けるため、日常生活における「通名」使用が定着していった。

Vol.2 初級部2年~芽生える自覚、学びの内容と質も豊富に

趙晴美 ●東京朝鮮第1初中級学校教員     「末っ子」から上級生に 初級部2年生は、初めての学校生活を経験する1年生に比べて、だいぶ落ち着きが出てくる。前年度の1年間の経験を活かしながら、「わがもの顔」でのびのびと学校生活を楽しんでいるというのが特徴といえるだろう。 また、新1年生を迎えることも成長の大きな要因だ。下級生とともに過ごし、下級生の面倒を見たりする過程で、上級生の自覚が芽生えてくる。初級部低学年をきょうだいで例えるならば、1年生が甘えん坊の末っ子、3年生はしっかりものの長男・長女に対して、2年生は自由奔放にふるまう「真ん中っ子」になるだろうか。  

「外国人お断り」は差別~vol.13 在日朝鮮人の入居差別問題

在日外国人の多くを朝鮮人が占めていた時代、民間の賃貸アパートに「朝鮮人お断り」などの露骨な張り紙がしてあることは少なくなかった。国籍を理由にした差別に声を上げることができない状況は長く続いた。

Vol.1 初級部1年~民族教育の出発点、さまざまな「ウリ」に触れる

チョソンサラム(朝鮮人)として生きていく力をつけるための体系的な教育を受ける第1歩となる初級部1年は民族教育の出発点、学校生活の始まりであり、母国語としてのウリマル(朝鮮語)をはじめさまざまな「ウリ」に触れ、成長していく学年でもある。

スポーツと政治・考

世界記録を塗りかえるスポーツマンの挑戦は、それだけで圧倒される。 しかし「国」同士が勝敗を競うこの国際社会で、スポーツがナショナリズムと関連して 政治的に利用されてきたのも、また近現代の歴史だった。朝鮮半島や在日朝鮮人の歩みから 「スポーツと政治」を、また政治を越える「スポーツの力」について考えてみたい。

切り捨てられた障害者と高齢者~vol.11 -在日外国人の無年金問題

在日朝鮮人の障害者、高齢者の一部の人々は年金を受け取れず、苦しい生活を送っている。国籍に関係なく等しく支給されるはずの年金制度の不備によって生まれた無年金問題。日本政府による制度的差別の一つであるこの問題はいまだ解決を見ていない。   国籍条項の撤廃と新たな差別 日本の年金制度は、勤労者を対象とする被用者年金と、それ以外を対象とする住民年金の2つに分類される。第2次大戦前は被用者年金しかなく、これには「国籍条項」があったので、外国人は対象外とされていた。戦後、連合軍占領下で国籍差別の禁止が定められたため、被用者年金の国籍条項は削除された。 59年、住民年金としての「国民年金法」が制定されるが、同法は被保険者資格を「日本国民」と規定した。ふたたび「国籍条項」が復活したのだ。当時、在日外国人の大多数を占めていた在日朝鮮人はこの条項によって長い間、社会保障制度から排除されてきた。  

明日のための同胞福祉

同胞社会で福祉への本格的な取り組みが始まってから十数年が経ちました。
特集では、各地の同胞福祉施設やムジゲ会、民間団体などが積み上げてきた
活動を振り返り、これからの課題と可能性を示しました。
また、自身の経験の中で福祉を見つめ実践してきた専門家たちを紹介しながら、
いま求められる同胞福祉の形を考えます。

「私たちの学校を取り上げないで」~vol.9 -枝川朝鮮学校土地問題裁判

2003年12月、東京都が江東区枝川の東京朝鮮第2初級学校(以下、東京第2初級)の 校地の一部返還と4億円の損害金支払いを求めて提訴した裁判(以下、枝川裁判)は 07年3月、和解という形で決着した。 枝川裁判は在日朝鮮人の民族教育権をめぐって争われた初のケースとして 大きな注目を集めた。   歴史的経緯無視した 都側の提訴   本裁判には枝川という地をめぐる歴史的な経緯が深く関係している。 枝川1丁目地区は戦前、朝鮮人が住んでいた江東区塩崎などが「幻の東京五輪」の会場予定地に指定されたため、都が41年に埋め立てを終えたばかりの土地に粗末なバラック住宅を建てて、1000人以上の朝鮮人を強制移住させることによって形成された。都が戦後、同地区の管理を一切放棄したことで、同胞たちは劣悪な住環境の改善に自力で取り組まざるをえなかった。

高校無償化本2

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