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コラム

コラムに関する 149 個の記事をリストしました。

「日本軍『慰安婦』問題をめぐる騒動」 #ianhu

彫像という「物」を在韓日本大使館前に設置する前に、対話という「言葉」でなんらかの解決をはかることはできなかったのだろうか。彫像の設置を強行した側にも、また設置を強行せざるをえない状況にさせた側にも、筆者は違和感を抱いた。

往復書簡2012~第1部―vol.1

継続する植民地主義と分断に抗う
~在日朝鮮人とパレスチナ

岡真理 ●京都大学大学院人間・環境学研究科教授
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李英哲 ●朝鮮大学校外国語学部准教授

「サッカーW杯アジア3次予選 日本対朝鮮民主主義人民共和国」#worldcup

 日本の大手メディアは、W杯アジア3次予選の日本対朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)で、朝鮮による日本側サポーターへの対応を批判的に報道した。サンケイスポーツは11月17日に「ホテルに24時間“監視兵”…選手が語った北朝鮮の夜」という記事で、食材はおろか「ガムも没収された」という日本代表選手の話を書いた・・・

朝鮮の旅行記、完成します− 柳美里

  八月半ばに体調を崩し、快復するのに一ヶ月かかりました。九月末から無理をしない程度に筋トレとランニングを再開しました。
 十月二日に息子の小学校最後の運動会があり、十月七日に十年間選考委員を務めた(今回で最後)「新潮ドキュメント賞」の授賞式が東京のホテルオークラであり、翌八日には箱根の「彫刻の森美術館」で友人の中島麻美さんの「ガムテープでバッグをつくろう!」というワークショップがありました。

往復書簡~在日コリアン次の百年へ 第4部―vol.3

李蓮澤さんへ
在日朝鮮人であることをアドバンテージに」という考え方に同感です。未来のことを語るにあたってのポイントは、われわれの特性をどのように捉え、どのように活かすかではないでしょうか。われわれと他の海外居住民とを区別する決定的な差異は、本国および民族本体とのつながりだと思います。

往復書簡~在日コリアン次の百年へ 第4部―vol.2

李蓮澤さんへ
蓮澤さん、返信を大変興味深く読みました。われわれの世代がキーマンになるのではないかという意見に共感します。また、民族性が希薄になっていると言われている3世自身が、世代間の継承やつながりを何よりも重要だと思っていることがわかって、とても面白いと感じました。

「多数派意識」の解体を

今月のブロガー:村野瀬玲奈の秘書課広報室
 日本の社会には重大問題がたくさんあります。どこの国でも多かれ少なかれそうなのかもしれませんが、日本特有の問題を一つひとつ思い起こしていくと、それが多くの分野に広がっていることに気づきます。また、重大問題なのに、それが少数の当事者の目にしか見えないために問題扱いされないこともよくあります。

経験したことがない痛みに襲われました− 柳美里

 8月10日、久しぶりに東京に出ました。広尾11時、飯田橋13時と移動して、仕事を終えたのは夕方でした。
 踏んづけて柄がひしゃげてしまった眼鏡を修理に出す、穴が開いたランニングシューズの代わりを探す、という目的を持って渋谷で降りたのですが、ハチ公前改札を出た途端に、歩けなくなりました。
 スクランブル交差点を渡ったところにあるスタバを眺め、冷たいフラペチーノでも飲めば動き出せるかも、と思いはしたのですが、頭が痛くて――。
 わたしは、出たばかりの改札をくぐり、湘南新宿ラインで鎌倉に帰りました。

往復書簡~在日コリアン次の百年へ 第4部―vol.1

李蓮澤さんへ
イオ編集部から「往復書簡」第4部の執筆依頼を受けました。テーマは「在日朝鮮人の未来に向けた提言」。突然の申し出に戸惑いましたが、せっかくの機会なので同じ1970年生まれの3世同士、東と西で同胞と直に接する現場で働く経験をもとに意見を交換し合いながら、何らかのヒントを出せれば、と考えています。

ネットの中の「普通の人」たち

 柳美里公式サイト「La Valse de Miri」は、何度か「炎上」しています。
 サイト内コンテンツの一つであるブログ「今日のできごと」で、日本という国の構造的欠陥や、日本人の中に潜んでいる差別意識に言及するたびに、2ちゃんねるにスレッドが乱立してURLを貼られまくり、「この反日在日韓国人、腐ったシメジみたいな顔しやがって」とか「日本の悪口いいふらすなら、子供といっしょに母国に帰れ! だれも止めないよ」とか「お前の馬鹿さは朝鮮人の典型だな」などと、わたしの容姿や国籍をあげつらう投稿が、ブログのコメント欄や掲示板「柳美里ファンBBS」に殺到するのです。

「過去」は現在の私たちの隣にある

今月のブロガー:過ぎ去ろうとしない過去(hokusyu)
 ブログのタイトル「過ぎ去ろうとしない過去」には、由来があります。1980年代、ドイツ(当時は西ドイツ)で「歴史家論争」という論争がありました。ドイツはいわずとしれたホロコーストを行った国で、(もちろん様々な問題はあるにせよ)歴史的な責任を取ることにおいて日本が見習うべき点は多いと思っていますが、しかしそのドイツでも、ホロコーストの責任をいまだに取り続けなければいけないことについて、厭う声があります。

『夜と霧』の中の言葉が蘇りました− 柳美里

 五月半ばの十日間、ドイツとオーストリアの五都市で『ゴールドラッシュ』の朗読会を行いました。
 最終日の五月十九日、ハンブルグのダムター駅に到着したのは二時過ぎでした。ホテルにチェックインして、お化粧して、着替えて、四時にハンブルグ大学――、と頭のなかで十分刻みの時間割を組み立てながら、わたしは執筆の資料本と大学関係者に献本する自著を詰め込んだ為に二十キロ越えの超過料金をとられたトランクを押し、十キロの登山リュックを背負って、ホテルを目指して歩きました。

高校無償化本2

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