電子ブックレット

権利

ウトロの「徴用工」崔仲圭を想う

essei_logo

「徴用工」と聞いて、私が思い起こす一人は京都・ウトロの崔仲圭(一九一六年生)である。「募集」の名目で日本に強制連行され、辛酸を舐め尽くした。日本社会の圧倒的多数が今、官報民挙げて埋め隠そうとしている「汚辱の歴史」の生き証人だった。
慶尚北道の小作農の家に生まれ、二六歳の時、村役場に呼び出された。「行くと広場に四〇人くらいの村人が集まっててね、日本人が居て、そのまま福岡県飯塚市の炭鉱に連れて行かれました」。既に妻と二人の子がいたが斟酌されなかった。「嫌だと思っても、言えなかった……。警察に呼ばれて何をされるか分からない」。
待っていたのは奴隷労働の毎日だった。重労働に見合う食事もない。半病人状態での危険作業で幾人もの同胞が落命した。ボタ山(捨石の集積場)に放置された遺体も見たという。「同じ臣民」のはずが朝鮮民族は人間以下だった。「日軍天皇陛下様様でね、今もそうだけど」。
抗えばリンチだ。ひたすら黙り、牛馬以下の扱いに耐え、半死半生にされる同胞からも目を逸らした。数ヵ月後に隙を見て逃げ、長崎県の軍事工場に潜り込んだ。四五年一二月、解放後の故郷に帰ったが、すでに生活基盤はない。翌春、「潜水艦(=密航)」で単身、渡日した。金を稼いで戻り、故郷で家族と暮らそうと考えたのだ。長崎の鉱山で遮二無二働いた。

essei_201903_01

2006年12月17日、土地問題解決の道筋が見えないまま90歳で死去した=京都府宇治市伊勢田町ウトロで

essei_201903_02

盧武鉉政権下で設置された日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会の聞き取りに応じる崔仲圭さん(左から2人目)。右奥は妻の石玉先さん(故人)=京都府宇治市伊勢田町ウトロの自宅で2005年4月25日

写真:中山和弘

なかむら・いるそん●1969年、大阪府生まれ。立命館大学卒業。1995年毎日新聞社に入社。現在フリー。著書に「声を刻む 在日無年金訴訟をめぐる人々」(インパクト出版会)、「ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件――〈ヘイトクライム〉に抗して」(岩波書店)、「ルポ思想としての朝鮮籍」(岩波書店)などがある。『ヒューマンライツ』(部落解放・人権研究所)の「映画を通して考える『もう一つの世界』」を連載中。


つながりのある記事

Discussion

Comments are disallowed for this post.

Comments are closed.

高校無償化本2

バックナンバー

フェイスブック

月刊イオ編集部公式ブログ:日刊イオ
月刊イオ定期購読のご案内

イベント情報を大募集!!

様々なコリアンイベント情報を大募集!! 地域のごく小さな情報でも是非お寄せ下さい。
[読者投稿フォームへ]